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日本政治・国際関係データベース
東京大学東洋文化研究所 田中明彦研究室

[文書名] 連絡事務所の設置および新聞記者交換に関する高碕達之助,廖承志両事務所の会談メモ

[場所] 
[年月日] 1964年4月18日
[出典] 日本外交主要文書・年表(2),498−500頁.「増補改訂 日中関係資料集(一九七一年刊),239−40頁.
[備考] 
[全文]

連絡事務所の相互設置ならびに代表の相互派遣に関する高碕達之助事務所と廖承志事務所の会談メモ

 一九六四年四月十四日から十八日まで廖承志事務所と高碕達之助事務所は代表の相互派遣と連絡事務所の相互設置の件について会談を行なった。会談には中国側から孫平化,王暁雲の両氏が参加し,日本側から竹山祐太郎,岡崎嘉平太,古井喜実,大久保任晴の諸氏が参加した。

 双方は次の諸問題について取り決めを行なった。

一,廖承志事務所が日本駐在のために派遣した代表の事務機構は廖承志事務所東京駐在連絡事務所と称する。高碕事務所が中国駐在のために派遣した代表の事務機構は高碕事務所北京駐在連絡事務所と称する。

二,双方が連絡事務所に派遣する人員は暫定的に代表三人,随員二人の計五人とし,しごとの必要によって双方の話し合いと同意を経て増員することができる。

三,双方の人選について中国側は廖承志事務所が責任をもって決定し,日本側は高碕事務所が責任をもって決定する。

四,双方代表の一回の滞在期間は一年以内と定める。

五,双方は相手側人員の安全を責任をもって守る。

六,双方の代表と随員は六月上旬までに相手国に到着することを定める。双方はまた責任をもって相手側人員の入国手続きをとる。

七,本会談メモは中国文と日本文によって作成され,両国文は同等の効力をもつものとする。廖承志事務所と高碕事務所は中国文と日本文の本会談メモを一部ずつ保存する。

日中双方の新聞記者交換に関する高碕達之助事務所と廖承志事務所の会談メモ

 一九六四年四月十四日より十八日まで廖承志事務所は日中双方の新聞記者の交換問題について会談を行なった。会談には,中国側から孫平化,王暁雲の諸氏が参加し,日本側から竹山・太郎,岡崎嘉平太,古井喜実,大久保任晴の諸氏が参加した。双方は次の取り決めを行なった。

一,廖承志氏と松村謙三氏との会談の結果にもとづき,日中双方は新聞記者の交換を決定した。

二,記者交換に関する具体的な事務は,入国手続きを含めて廖承志事務所と高碕事務所を窓口として連絡し,処理する。

三,交換する新聞記者の人数は,それぞれ八人以内とし,一新聞社または通信社,放送局,テレビ局につき,一人の記者を派遣することを原則とする。必要な場合,双方は,各自の状況にもとづき,八人のわくの中で適切な訂正を加えることができる。

四,第一回の新聞記者の派遣は,一九六四年六月末に実現することをめどとする。

五,双方は,同時に新聞記者を交換する。

六,双方の新聞記者の相手国における一回の滞在期間は,一年以内とする。

七,双方は,相手方新聞記者の安全を保護するものとする。

八,双方は,相手側新聞記者の取材活動に便宜を与えるものとする。

九,双方の記者は駐在国の外国新聞記者に対する管理規定を順守するとともに,駐在国が外国新聞記者に与えるのと同じ待遇を受けるものとする。

十,双方は,相手側新聞記者の通信の自由を保障する。

十一,双方が本取り決めを実施する中で問題に出あった場合,廖承志事務所と高碕事務所が話し合いによって解決する。

十二,本会談メモは,中国文と日本文によって作成され,両国文は同等の効力をもつものとする。廖承志事務所と高碕事務所は,それぞれ中国文と日本文の本会談メモを一部ずつ保有する。

付属文書

 かねて周首相と松村氏との間に意見一致をみた両国友好親善にかんする基本五原則,すなわち両国は政治の体制を異にするけれども互いに相手の立ち場を尊重して,相侵さないという原則を松村・廖承志会談において確認し,この原則のもとに記者交換を行なうものである。