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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日中正常化のための北京会談提唱の沈平総領事書簡,邦人引揚問題等に関する中国外交部の声明

[場所] 
[年月日] 1955年8月16日
[出典] 日本外交主要文書・年表(1),723−724頁.外務省アジア局中国課監修「日中関係基本資料集」,90−2頁.
[備考] 
[全文]

 一九五五年七月十五日,ジュネーブ駐在日本総領事は,日本政府を代表し,ジュネーブ駐在中華人民共和国総領事にいわゆる『日本国民送還の要求』についての覚え書を手渡した。七月十六日,日本外務省はまたいわゆる『中国大陸残留日本人の引揚げ問題』についてコミュニケを発表した。日本政府はその覚え書とコミュニケの中で全く根拠のない非難を行い,いわれのない一方的な要求を出している。これに対し,外交部スポークスマンは次のように声明する。

 先ず居留民の問題について。中華人民共和国政府は帰国を希望する中国在住日本人居留民に対し,終始いろいろ便宜を与えて来た。中国紅十字会が日本赤十字社,日本中国友好協会,日本平和連絡会とともに努力した結果,もともとおよそ三万五千名ほどいた日本人居留民のうち,帰国を希望するおよそ二万九千名は一九五五年三月末までに日本に帰った。今なお中国に居留している日本人居留民は六千名余りで,これらの人たちは長期間または暫くの間中国に居住したい旨を表明している。これらの人たちの中に予定を変更して帰国を申請する人がいたら,中国政府は,やはりいろいろな便宜を与えるであろうし,中国紅十字会もできるだけ援助するであろう。この点については中国紅十字会代表団が日本を訪問した際,日本赤十字社などの団体と話合いがまとまっている。今度日本政府はこともあろうに『居留民引揚問題はその後進展していない』と非難しているが,これは全く根拠のないことである。反対に日本には数万の華僑がいるが,これらの人たちの正当な権益に対しては,当然払われるべき考慮が払われていない。この人たちは祖国との連繋を今なお阻まれており,帰国の便宜はなおさら与えられていない。これから見ても分るように,中日両国の居留民の問題で交渉して解決しなければならないのは,日本人居留民の問題ではなくて中国人居留民の問題である。

 日本人戦犯の問題について。これについては私たちは寛大な政策に従つて処理するつもりであることを早くから言明している。一九五四年の八月,私たちは日本の中国侵略戦争の期間と中国人民解放戦争の期間にいろいろな罪を犯したもと日本軍人の四百十七名に対する処罰を免除し,これを日本に送り返した。その後中国紅十字会はまた,日本赤十字社に千六十九名の戦犯の名簿を手渡し,その状況を知らせた。これらの戦犯に対しては,中華人民共和国政府は中国の法律上の手続きに従つてこれを処理することになつている。これは中国の主権に属することがらであり,日本政府がこれ以上に口をさしはさむ権利はない。

 以上述べた日本人居留民と日本人戦犯以外には,わが国には,状況不明の日本人といつたものはいない。しかるに日本政府は,こともあろうに状況不明の四万名といつたような問題をもち出している。これは実に驚き入つたことである。日本軍国主義者はかつて,おびただしい日本人を中国に対する侵略戦争にかりたてた。この戦争中に中国で死亡した日本人は非常に多く,そのうち一部の人々の死亡に関する消息については,あるいは日本政府が今に至るもなおその家族に通知していないのかも知れない。家族の人たちがこれらの人々の行方について関心を持つのは極めて尤もなことであり,同情に値する。中国紅十字会は人道上の原則に基いて,さきに個々の日本人の行方を調査する問題について,日本赤十字社などの団体と取極を行つた。それはもし日本赤十字社が具体的な資料を提供するならば,中国紅十字会はできる限り調査する用意があるということである。しかしここで指摘しなければならないのは,これは中国人民の日本人民に対する友好の現われであり,日本政府が,中国大陸にはまだいわゆる状況不明の者四万名がいると云いはつている問題とは何のかかわりもないということでもある。もつと重要なことは,日本軍国主義者が中国侵略戦争の期間中に,一千万以上の中国人民を殺戮し,中国の公私の財産に数百億米ドルにのぼる損害を与え,また何千何万もの中国人を捕えて日本に連れて行き,奴隷のようにこき使つたり殺害したりしたことである。日本政府は,中国人民がその受けた極めて大きな損害について賠償を要求する権利をもつていることを理解すべきである。現在日本政府は,これらの事情について何らの責任ある釈明も行わないばかりか,さらに全く何らの根拠もなしに,いわゆる四万名の問題について中国が釈明することを要求している。日本政府がこの問題を持ち出した動機について人々は疑いを抱かざるを得ない。

 平等互恵の上に立ち,また独立と主権の相互尊重の上に立つて,中日両国関係の正常化を促進し,それによつて中日両国の平和友好を実現することは,中日両国人民の共通の願いである。ここ二年余りの間,中国政府は一再ならず中日関係の正常化を促進する措置をとつてきたが,日本政府は今に至るもなおそれ相応の努力を払つていないばかりか,かえって日本人居留民の帰国問題を利用して世論の注意をそらし,それによつて中日両国関係の正常化を促進する上に日本政府が消極的であることを蔽いかくそうとしている。実際には日本人居留民の帰国問題はとつくに中日両国の人民団体によつて適切に解決されている。この問題について,たとえ引続き処理する必要のある事柄がまだあるにしても,それは単なる事務的な問題にすぎないはずである。一方中日両国の間には,現在確かに両国人民に利益をもたらす数多くの重大な問題が存在している。例えば中日両国の正常な貿易を発展させること,中日両国人民のお互の往き来を促進すること,中日両国居留民の正当な権益を適切に処理することがそれであり,これらはすべて,中日両国政府によつて解決されるべき問題である。もし日本政府が本当に誠意をもって中日両国関係正常化の道を求めるのであるならば,先ずこれらの問題から手をつけるべきである。中国政府はこれらの問題について,日本政府と話し合う用意がある。