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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] カルドーゾ・ブラジル大統領歓迎晩餐会における橋本内閣総理大臣の挨拶

[場所] 
[年月日] 1996年3月14日
[出典] 橋本内閣総理大臣演説集(上),439−442頁.
[備考] 
[全文]

フェルナンド・エンリケ・カルドーゾ大統領閣下及び令夫人

一行随員の皆様

ご列席の皆様

 本日、我が国の友邦であるブラジルからカルドーゾ大統領ご夫妻ご一行をお迎えし、ここに晩餐会を催すことが出来ますことは私の大きな喜びであります。日本国政府及び国民を代表し、大統領閣下ご一行のご来訪を心から歓迎申し上げます。

大統領閣下

 昨年一九九五年は、日本とブラジルが国交を開いてからちょうど百年を迎える記念すべき年に当たり、日本とブラジルの各地で、両国の交流を深めるための多彩な行事が数多く実施されました。特に、我が国から清子{さやことルビ}内親王殿下が貴国を訪問され、また、貴国からマシエル副大統領が我が国を訪問されて、それぞれの国で挙行された修好百周年記念式典に出席されたことは、長年にわたる両国の友情を再確認する絶好の機会となったものと信じます。そして、今回、貴大統領を我が国にお迎えすることは、日伯両国がこれまでの百年にわたる交流を基礎に、二十一世紀に向け新たな友好と協力の百年を築き上げて行く上で、重要な出発点となるものと確信しております。

大統領閣下

 我が国と貴国との関係を考えるとき、脳裏に鮮明に浮かんでくるいくつかの事柄があります。その一つは、一九〇八年に始まった日本人の貴国への移住であり、また、世界中から移住者を快く受け入れてきた貴国の暖かく豊かな包容力であります。日本人移住者は自らの弛{たゆとルビ}まぬ努力と貴国国民の暖かい友情に支えられ、現在では百三十万人を越える海外最大の日系社会に成長し、近年では既に五世、六世が生まれつつあります。また、最近では約十七万人にも上る日系ブラジル人が我が国に滞在しており、我が国Jリーグで活躍する多くのブラジル人サッカー選手の華麗なプレーや、ラジオ・テレビで流れる多数のブラジル音楽の軽妙なリズムとともに、我が国とブラジルとの相互交流の一層の深化がみられます。貴大統領は、三年前に外務大臣として我が国を訪問された際、日系ブラジル人が多数移住している中京地区を訪問、激励されたと聞いております。また、文化人類学者としても著名なフッチ令夫人は、サンパウロの日系ブラジル人に関する博士論文を上梓{じょうしとルビ}されたと伺っており、大統領閣下、令夫人とも日系社会に対し払われているご関心とご配慮に深く敬意を表したいと思います。

大統領閣下

 貴国は、地球上の酸素の三分の一を生産するといわれる熱帯雨林を育くむアマゾン川流域や、鳥類の宝庫と呼ばれるパンタナルに代表される豊かな大自然と、建国以来多くの人種が平和的に共存する明るく活力に満ちた国民性をもって、古くから日本人の想像力をかきたて、我々を引きつけてやまない国でありました。

大統領閣下

 我が国が戦後の経済復興に努力していた一九五〇年代に、我が国として最初に大規模な海外投資を行ったのも、貴国に建設された世界屈指の製鉄所に対するものでありました。その後、両国間では、国際経済情勢の変化により影響を受けた時期もありましたが、基本的にさまざまな経済分野で協力が着実に進展してまいりました。特に、近年においては、貴大統領の卓越した指導の下、インフレーションの抑制及び経済の開放化に目覚ましい成果を上げ、貴国に対する国際的な信認も高まっております。このように、貴国がその潜在力大きく開花させようとしている中で、日伯両国間の経済関係も再び拡大に向けて気運が盛り上がりつつあることは誠に喜ばしい次第であります。

大統領閣下

 本日の首脳会談で、私たち二人は、幅広く共通の関心事項や二国間の懸案について意見交換を行いましたが、その過程で将来の両国関係が目指すべき姿も明らかになってきたように思います。貴大統領からは、冷戦の終了に対応した新たな国際秩序の構築の必要性や、中南米における重要な地域統合の動き、貴国と成長著しいアジア地域との関係強化への強い関心が表明されました。私は、中南米の大国であるブラジルと我が国は、単に両国の繁栄を追求するにとどまらず、太平洋を挟んで成長を続けるアジアと中南米との交流を一層拡大し進展させるために、共に貢献していけるものと確信しております。

 日本国民は平和の大切さ、ありがたさを心の底から理解する国民として、恒久の平和が全世界の諸国民にもたらされることを強く念願し、また、そのために可能な限りの貢献をしたいと決意しています。この意味で、貴国と我が国は共通の伝統と認識を有しており、両国は平和で繁栄する二十一世紀の国際社会を築くための互いに重要なパートナーとして協力してまいろうではありませんか。

大統領閣下

 歴史が我々に投げかける挑戦に正面から取り組み、これにこたえていくためには、大きな勇気と明確なビジョンを必要とします。貴大統領は、この二つを兼ね備えた指導者であると思います。今日、貴国は中南米の安定した民主主義国家として国際社会に重要な地位を占め、国内にあっては、貴大統領の政治理念に従い、民主主義に立脚した公正な社会の実現に努力されております。ここに、カルドーゾ大統領及び令夫人のますますのご活躍と貴国ブラジルの更なる発展と繁栄を祈念し、また我々の後の世代が百年後に更なる友情と尊敬をもって再び杯を交わすことを祈りつつ、杯を挙げたいと思います。