データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] デラマドリ・メキシコ大統領歓迎総理大臣夫妻主催午餐会におけるデラマドリ大統領スピーチ

[場所] 仮訳
[年月日] 1986年12月2日
[出典] 外交青書31号,385ー388頁
[備考] 
[全文]

中曾根総理大臣閣下

御列席の皆様

 この度日本を訪ずれることができましたことは,私自身及び随員一同にとり誠に欣快とするところであります。私共一行に対する貴国政府の歓待とただ今の総理大臣閣下の我が国及び国民への温かいお言葉に感謝申し上げたいと思います。

 我々両国の間には古くから政治面での交流や建設的な協力の確固とした流れが続いております。

 即ち,我が国と日本との関係は,約100年前に開始されて以来,法的な平等と協力の原則という確固たる基盤によって間違いなく支えられて参りました。両国間の交際は各々の主権と独自性を相互に充分尊重することを特徴としております。

 1988年,我が国は日本を他の諸国と平等で,完全な主権を行使しうる国と認めました。

各国の法的平等の原則を尊重することは,過去,現在,将来においてメキシコの歴史的及び政治的な伝統の本質であります。各国民の独自性や国家間の相違を越えて同じ人類に属しているとの意識や,進歩や正義に対して共通の意識を有しているとの確信を我々は有しております。日本の近代教育制度の確立者である福沢諭吉はすぐれた人文主義的な見地から「天は人の上に人を造らず,人の下に人を造らず」と述べております。

総理大臣閣下

 私はこの機会に我々両国間の関係が到達した多角化と発展の水準に対して正当な評価を与えるべきものと考えます。

 我々両国の関係が開始されて以来1988年に100周年を迎えることは,従来の関係の有益な進展を確認し,かつ協力計画を拡大するための我々両政府の行動を決定するにの恰好な機会であります。このため,両国政府は,我が国と日本の間の今世紀の残された期間と21世紀において政治面の意見交換や両国間の交流をさらに強化していくための様々な方途につき検討してまいりました。この点で「日墨長期展望作業グループ」の提言は両国の政策決定に大いに寄与し,又両国民を一層接近させたいという意図を実現するための助けとなりましょう。

 更に,来年の日本人のメキシコ移住90周年記念は,メキシコを第二の祖国として選んだ当時の日本人移住者が我が国の発展に対して行った貢献をあらためて際立たせる機会となりましょう。私はこの移住記念事業実施委員会の名誉総裁を引き受けることを光栄に思います。

 日本がメキシコにとって経済的に重要なパートナーであることは,昨年の両国間の貿易額が24億3,200万ドルに達したことからも明らかであります。日本は我が国の第2の貿易相手国たる地位を占めるにいたりました。種々の分野における100以上の合弁企業を通じての我が国の経済開発に対する日本の貢献も注目に値するものであり,日本のメキシコに対する投資額の累計はメキシコにおける外国直接投資において第3位となっております。

 世界政治の舞台における国際の平和と安全保障と開発の課題を荷って一層増大しつつある日本の活動と相まって日本の目くるめくばかりの経済的,技術的な発展の過程を看取するとき,メキシコの製造業の多様化と競争力を促進するため我が国の産業発展過程に対し日本からのより一層の貢献をお願いしたいとの念を強くいたします。

 私は中曾根総理大臣との会談において,今日まで得られた協力の成果は高い水準に達しているものの,両国の社会に利益をもたらし得る将来の協力分野がまだ存在することを認識致しました。

 私は今般の訪日の機会に日本国政府及び金融機関が,メキシコの対外債務支払いリスケジュール並びに経済再活性化に向け新たな信用供与を得るための債権者との交渉において,極めて建設的な役割を果たされたことにメキシコの感謝の念を表明したいと思います。このことは友好態度であり,両国間関係において我々が築き上げた,強い相互信頼関係のもう一つの表われであると思います。

 この様な金融面での協力の他に,貿易,エネルギー,技術,科学,文化,教育などの分野において伝統的なもの,新しいものを問わず多方面にわたり価値のある交流が活発に行われておりますが,これらの交流は全体としてメキシコの対外関係の中で最も幅広く,内容に富み,かつ,将来の可能性が期待出来るものであります。かかる意味において,日本は,国際協力がもたらす機会をさらに有効に活用することを基本とするメキシコが進めている経済再戦略の中で高い優先度が与えられております。

 私は貴政府が我が国太平洋沿岸の日墨共同投資の大規模プロジェクトに対して供与された多額の援助に対する感謝の念と両政府間の技術協力協定の締結に対する満足の意を特に表明したいと思います。既存の二国間協力の体制に更に付け加えられたこの新たなメカニズムは二国間の活力に満ち溢れた交渉に一層拍車をかけるでありましょう。

総理大臣閣下

 貴国と我が国との協力は二国間の問題に限定されるものではありません。太平洋はラテン・アメリカとアジアの関係緊密化に好適な場を提供してくれます。メキシコはこの地域における種々の協力のイニシアティブの進展に強い関心を有しております。

 日本は国際場裡において益々影響力を発揮されており,貴政府が国際平和と繁栄を確保するため着実かつ責任ある努力を払っておられることは我々を大いに鼓舞するものであります。この関連で,我が政府は,国際連合の活性化のためには,これがより効率的な組織となるような変革,特に人類に影響を与える諸問題の解決を推進する能力にかかわる変革を行うことが必要であると確信するものであります。

 この様な我が国の見解については,前総会において貴国が提出し,各国専門家によるアドホック委員会の検討を経て,国際社会の承認に付されんとしている行財政改革に関する提案から見ても貴国の賛同が得られるものと存じます。私は本件においての両国の立場の一致は極めて重要であり,また,国際連合やその他の国際協議の場における新しい協力の方式を検討するため,近年体系的に両国間で行ってきた協議を継続することについて両国の意見が合致していることを強調したいと存じます。いずれにしろ,我々両国を含め多くの国が今日の重要な国際問題の解決策の探究において前進をはかるため強い政治的意志を醸成していくことが肝要であります。

 トラテロルコ条約及び我が国の参加する5大陸のグループの軍縮問題に関する提案が示す通り,我が国の平和主義的立場と核による惨禍の可能性を廃絶しようとする決意は明らかにであります。かかる観点から,広大な南太平洋地域を非核地域にするための新たな条約の調印は特別の評価に値すると考えます。我々はこの新たな前進が,核兵器完全廃絶にむけての前段階として更に非核地域となり得る他の地域の設立を助長することを希望します。メキシコと日本はかかる目的を共有するものであり,この問題については特に超大国が重大な責任を有しており,それが故に,軍縮についての具体的な合意を得るべく必要な信頼が醸成されるよう超大国間の対話が促進されねばならないと等しく指摘している訳であります。

 一方,日墨両国は種々の紛争地域における緊張が緩和されるような継続的な外交協力を行っております。武力行使に益々走り易いこと,偏狭なイデオロギー,和解と交渉をはかる真剣な態度が欠けていることにより,地球上の諸地域における安定が危険に晒されております。メキシコに最も近い中米での紛争は,この悲しむべき一例であります。ラテン・アメリカの多数の意志と国際的な連帯は,これに対するには不充分であります。この平和への流れは,それ自体価値があり,道義的な力があっても,中米諸国政府の政治的責任及び中米地域におけるプレゼンスや影響力によって紛争の方向を決定し得る勢力の政治的責任に自ら取って代わることは出来ないでありましょう。

総理大臣閣下

 貴国はこの30年間に世界で最も活力に富み,重みのある経済力を有するに至りました。即ち,日本は加速的な生産の増大と革新的な科学技術の発展を結び付けることができたのであります。創意,忍耐力,組織と労働を伴った集団及び個人の努力を基礎にしたこの偉業から学びとれる教訓は多く存在します。この様な経済力の増大に伴い,秩序と衡平をもって国際社会を変革するのに貢献する革新的な力の結集を緊急に必要としている今日の世界政治の中にあって,日本の外交能力と影響力は高まっているのであります。

 私達は日本が全ての国家間での豊かで,調和のとれた共存と発展に益々貢献せねばならないと確信しております。

 私は貴国政府の指導者や,日本社会の各分野における卓越した代表者との会合を通じて,両国間の関係が将来益々良好なものとなるとの確信を得ました。私達は今回多くの成果を上げましたが,更に今後にも多くを期待しております。

 中曾根総理大臣閣下及び令夫人の御多幸,日本国民の絶えざる進歩と世界の平和との発展への貢献,日本人とメキシコ人が共に実現しようと誓っている諸国間の協調と協力,両国国民が今日自分達を結びつけている,固く,実りある友情から今後とも互いに益し合うことを願って,皆様が私と乾杯を共にして頂ければ幸甚に存じます。