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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] デラマドリ・メキシコ大統領歓迎総理大臣夫妻主催午餐会における中曾根内閣総理大臣スピーチ

[場所] 
[年月日] 1986年12月2日
[出典] 外交青書31号,383ー385頁
[備考] 
[全文]

デラマドリ大統領閣下,令夫人,並びに御列席の皆様,

この度ミゲル・デラマドリ・ウルタード・メキシコ合衆国大統領閣下御夫妻を我が国にお迎えし,ここに午餐をともに出来ますことは,私にとって大きな喜びであります。日本政府及び国民を代表して,御一行を心から歓迎申し上げます。

大統領閣下,

私は,閣下の御訪日を鶴首してお待ち致しておりました。

と申しますのも,閣下が1982年12月1日に大統領に御就任され,また私がその僅か4日前の11月27日に内閣総理大臣の指名を受けた点において,奇しき縁を感じており,また,昨年予定されていた大統領閣下の訪日が,地震のため延期の止むなきに至ったからであります。

貴国がメキシコ地震によって多数の貴い人命を失い,多大の損害を蒙られたことに対し,改めて御見舞い申し上げます。

幸いにして,その後,大統領閣下の卓越した指導力と,貴国民の努力によって,その災禍から見事に立ち直られたことに敬意を表します。

1923年の関東大震災の折,貴国から暖かい支援を受けた私どもとしては,昨年の地震災害に対する我が国からの協力が,再建の一助となったのであれば、幸いであります。

 閣下は,1982年の大統領選挙の最中に,メキシコ独立運動の指導者の一人、ホセ・マリア・モレーロスの言葉を引いて,大統領職に伴う責任とは「国家に対する真の,かつ無限の奉仕」を意味すると述べられたと聞きましたが,私も総理大臣の責任について,全く同様に考えておりますところ,閣下への共感を一層深くしたことを申し添えたいと存じます。

大統領閣下,

 我が国と貴国との関係は17世紀初頭に遡ります。当時フィリピン諸島総督であったドン・ロドリーゴ・ビベーロは,マニラから貴国への帰途,難破して日本に漂着し,時の将軍に拝謁しましたが,その後,日本の使節団はビベーロと共に,日本で建造された帆船で初めて太平洋を横断し,上陸の第一歩を貴国のアカプルコに印したのであります。

 以降,両国は,その時の「サン・ブエナ・ベントゥーラ号」という船の名が示すように,「幸運」な邂逅に恵まれてきました。

とりわけ,我々日本人は,1888年,貴国との間で,我が国にとって初の平等条約である「日墨修好通商条約」が締結されたことを,また貴国が我が国国民の海外移住に当たり,ラテン・アメリカで初めて日本人の組織的移住に対して門戸を開いた国であることを,貴国の我が国に対する友諠の証としてはっきりと記憶しております。

さらに,我々日本人が想起するのは,両国間で唯一不幸な時代であった第2次世界大戦中,貴国が在留日本人に対して国外退去や強制収容の措置を取らなかったことであります。戦後においては,貴国は国連総会の場において,日本との講和条約早期締結を提唱され,1952年3月には,我が国の国際社会復帰の基となるサンフランシスコ平和条約を最も早い時期に批准されました。

これらの出来事は,我々日本国民の心に深く刻みこまれております。

大統領閣下,

このように,両国間においては古くから親愛感に満ちた友好関係が受け継がれてきており,今日,政治,経済,文化を始め,さまざまな分野で緊密な交流が行われております。のみならず,両国民間にはお互いにより連帯の絆を深めたい,という強い意欲が見られ,私は,これこそが今後の両国関係をさらに発展させる何よりの原動力であると存じます。

 大統領閣下の訪日に先立ち,両国は将来に向けて如何なる日墨関係を構築していくべきかを検討するため,両国の有識者からなる「日墨長期展望作業グループ」を設置いたしました。私は,同グループの提言が示している通り,両国がダイナミズムと発展性に富む太平洋地域に存在するがゆえに,21世紀に向けての日墨間の積極的な協力は,アジアとラテン・アメリカを一層結びつけ,太平洋地域諸国の発展に寄与するものとなると信じます。

 日本・メキシコ両国関係は,来年の移住開始90周年,そして再来年1988年の国交開設100周年と,新たな次元へと発展すべき大きな節目を迎えます。この意味で,私は,今回の大統領閣下の御訪日が,次の100年へ向けての両国の新時代の幕開けとなるように切に祈るものであります。

御列席の皆様,

 私がメキシコを訪問したのは,1961年のことでありますが,私の印象に強く残っているのは,街の各所で遭遇したメキシコの偉大な画家たちの色鮮やかな作品であります。これらの作品が発散する圧倒的なエネルギーは,まさにメキシコ革命を成就した国民の力を象徴するものでありましょう。

 大統領閣下はその著書において,「統治者には,国民を導き励ます責任がある。しかし,最終的に歴史的偉業を達成するのは,個人ではなく国民である。」と記されました。私も同感であります。

 ここに,大統領閣下,令夫人の御健康を祈るとともに,両国の友好協力関係の増進により両国民がその力を一層発揮し,両国の繁栄がはかられることを祈って,杯を上げたいと思います。

乾杯!