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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] IPCCレビュー委員会による『気候変動評価IPCCのプロセス及び手続レビュー』

[場所] アムステルダム
[年月日] 2010年8月30日
[出典] 環境省
[備考] 環境省による仮訳
[全文]

 概要

 気候変動は全ての国家がどのように対応するかについて意思決定を求められる長期的な課題である。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、世界気象機関と国連環境計画によって、物理的な気候システム、その全球及び地域的な影響および適応と緩和のオプションについて何が知られているかの包括的な評価(報告書)を作成することで、国家の意思決定に情報を与えるのに役立つよう、設立された。科学と政治との接点にありつつ、IPCCの評価プロセスは世界中の政府と科学者の対話を1988年の誕生以来維持してきた。194の参加政府の代表が評価報告書のスコープに合意し、評価報告書の科学的な指導者を選び、執筆者を指名し、結果を査読し、政策決定者のために書かれた要約を承認する。1000人以上のボランティアの科学者が気候変動に関して利用可能な科学的、技術的、社会経済学的な情報を評価し、評価報告書の草案を作成および査読する。IPCCのために作業するこの数千の科学者及び政府代表の非伝統的な協力関係がこの組織の主な強みである。

 その評価報告書を通じてIPCCは計り知れない尊敬を勝ち得、気候政策に情報を与え、世界中での公衆の意識を喚起したことにより2007年のノーベル平和賞を共同受賞さえした。しかしながら、次第に激しくなる気候変動の科学、影響およびコストに関する公衆の議論の中で、IPCCは気候政策に関する不偏性についてや報告書の正確性・バランスについてより強烈な吟味を受けた。これに応え、国連とIPCCはインターアカデミーカウンシルにIPCCのプロセスおよび手続をレビューする委員会の召集を委託した。

 委員会はIPCCの評価プロセスは全体としては成功であったと判断した。しかしながら、気候科学における主だった進展、気候関連の問題に関する白熱した議論、および変化する気候の影響や変化する気候に対して考え得る対応について政府が重点を置いていることに伴い、世界はIPCCの創設以来相当に変化している。多岐にわたる関心が気候の議論に加わり、全体的な吟味や利害関係者からの要求につながった。IPCCは将来も十分社会に役立ち続けるために、これらの変化する状況に適応し続けなければならない。IPCCの評価プロセスを改善するための委員会の主要な勧告は以下に示されている。

 主要な勧告

 委員会の中心的な勧告は統制と管理、査読プロセス、不確実性の特徴付けと伝達、コミュニケーション、および評価プロセスの透明性に関するものである。評価プロセスの特定の側面に関するその他の詳細な勧告については第2章から4章に示され、また、勧告の完全な一覧については第5章に示されている。

 統制及び管理

 気候変動研究と関連する評価作業の複雑さ及び規模、また評価に関する公衆の期待も、過去20年の間にかなり増大した。しかしまだIPCCの根本的な管理組織は大部分が変化しないままだった。IPCCの管理組織が含むのは、その組織、原則、手続やIPCCの作業計画を決定するパネルそれ自体; パネルによって選任され、評価作業を監督するビューロー; パネルおよびビューローの作業を支援する小さな事務局; である。パネルはその主要な決定の全てを総会で行う。しかしながら重要な決定はより頻繁に行われる必要があり、ビューローには制限され過ぎた範囲の責任しかなく、総会の頻度はこの必要を満足するには尐なすぎる。

 公共および民間部門における多くの組織は、継続中の意志決定の必要性に、代表として活動する執行委員会を設立することで取り組んでいる。同様にIPCCはパネルによって選任され、パネルに報告を行う執行委員会を設立するべきである。IPCC執行委員会は、公表された報告書の些細な訂正の承認、継続中の評価のスコープの小さな変更の承認や効果的なコミュニケーションを確実なものにする、といった課題、及びパネルから特に委譲されたその他の仕事に取り組むことになるだろう。すぐに反応するために、執行委員会は比較的小さく、理想的には12名以下であるべきである。その構成員には選任されたIPCCの指導者、および関連する経験はあるが、IPCCとは、もしくは気候科学とさえ繋がりがない学術界や非政府組織、あるいはまた民間部門からの個人が含まれることになるだろう。彼らの参加は執行委員会の信頼性や独立性を改善することになるだろう。

 勧告: IPCCは総会の間にその代表として活動する執行委員会(Executive Committee)を設立するべきである。委員会の構成員にはIPCC議長、作業部会の共同議長、IPCC事務局の上級メンバーおよび気候コミュニティー外部からを含む3人の独立メンバーを含めるべきである。構成員は総会の選挙で選ばれ、後任者の着任まで従事するだろう。

 IPCC事務局はパネル及びビューローを、会合を組織したり、政府と連絡を取ったり、途上国の科学者の旅行を支援したり、IPCCの予算やウェブサイトを管理したり、報告書の公表を仲介したり、アウトリーチを行うことで支援している。スタッフの人数は4人から10人に増えたけれども、評価作業の規模や複雑さの増大やデジタル技術の進展及び新たなコミュニケーションの必要性(後述の「コミュニケーション」を参照)は、事務局に求められる技能の組み合わせを変化させた。事務局を統括し、IPCCの規約が確実に守られるようにし、作業部会の共同議長と連絡を絶やさないようにし、IPCCの立場で話すためには、理事(Executive Director)が必要である。作業部会の共同議長と同等の立場として、理事はIPCC議長の代理として活動することができるようになるだろう。理事は執行委員会の構成員でもあるようになるだろう。

 勧告:IPCCは事務局を率いて日々の組織運営を扱うエグゼクティブ・ディレクターを選任すべきである。この上級科学者の任期は1回の評価報告の期間内に限られるべきである。

査読プロセス

 査読は報告書の品質を確保するための重要な仕組みである。IPCCの査読プロセスは精巧で、2回の公式の査読と予備的な文章の1回以上の非公式の査読を含んでいる。第1次の完全な草案は、政府代表者、オブザーバー組織およびIPCCビューローにより指名された科学的な専門家により公式に査読される。主執筆者は査読コメントを考慮して第2次草案を作成し、これが同じ専門家並びに政府代表者により査読される。章毎の2名以上の査読編集者が査読プロセスを監督し、査読コメントと議論のある問題が適切に取り扱われることを確実にする。しかしながら主執筆者が章の中身についての最終的な決定権を持っている。

 過密な改訂のスケジュールの下で、執筆者は恒に査読コメントを常には注意深く考慮せず、捕捉されていただろう報告書草案の誤りを見過ごしてしまう可能性がある。いくつかの誤りはどんな査読プロセスでも見逃される;しかし、既存のIPCCの査読手続のより強力な実施により、誤りの数は最小化し得るだろう。スタッフの支援と、査読編集者の役割と責任についての明確化とが、彼らが適切な監視を実施する助けとなるだろう。

 勧告:IPCCは査読編集者が、査読者のコメントが適切に執筆者により考慮され、また正統な議論が報告書に適切に反映されることを保証するために、その権限を十分に行使することを奨励すべきである。

 最近の評価について、いくつかの政府は第2次ドラフトを国内の専門会や他の利害関係者による査読に利用できるようにし、査読プロセスを大幅に開かれたものにしている。開かれた査読は精査の水準を上げたり、提案される視点の幅を広げることにより、報告書を潜在的に改善するものの、それは査読コメントの数も大幅に増加させる。第4次評価報告書の草案は90,000の査読コメント(1章当たりで平均数千のコメント)を集めており、主執筆者が配慮された十分な対応を行う能力を超えている。査読コメントに対応するためのより目的を絞ったプロセスが、最も重要な査読の問題に取り組むことと、現在は全ての査読コメントへの対応を文書化しなければならない執筆者の負担を低減することの両方を確実にするだろう。想定される目的を絞ったプロセスでは、査読編集者が最も重要な査読上の問題の要約を準備することになるだろう。主執筆者はこれらの問題及びその他全ての非編集上のコメントに対して記述された返答を用意することになる一方で、最も重要な問題に注意を集中することが出来るだろう。

 勧告: IPCCは査読者のコメントに応えるために、より目的を絞った効果的なプロセスを採用すべきである。このようなプロセスでは、査読編集者は査読コメントが受け取られた後すぐに、査読者によって喚起された最も重要な査読上の問題の要約(written summary)を準備することになるだろう。執筆者は最も査読編集者によって特定された重要な査読の問題に対しては詳細に記述された返答(written responses)を、全ての非編集上のコメントに対しては縮約された返答を提供することが求められ、編集上のコメントに対しては記述による返答を求められないだろう。

不確実性の特徴付けと伝達

 不確実性はあるトピック(つまり利用可能な証拠の質及び性質)についてどの程度知られているかを記述すること、およびある特定の事象が起こる確率で特徴付けられ、伝達される。政策決定者向け要約のそれぞれの主要な結論はその不確実性についての判断を伴っている。第4次評価報告書については、それぞれの作業部会が不確実性を記述するIPCCのガイダンスの異なる手法を用いた。第1作業部会では主に定量的な可能性の尺度(例えば、「可能性が極めて高い」はある特定の事象が起きる確率が95%より大きいことを示す)に依拠した。第2作業部会は主に量的な確信度の尺度(例えば「確信度が高い」は10のうちおよそ8が正しいことを示す)に依拠した。第3作業部会はもっぱら定性的な理解水準の尺度(つまり、理解は専門家の間での利用可能な証拠量及び合意の程度の観点から記述される)に依拠した。理解水準の尺度はある特定のトピックに関する研究の性質・数・質、また研究間での見解の一致度を伝達する使い勝手の良い方法である。これは、IPCCの第4次評価報告書のための不確実性ガイダンスで示唆されているように、全ての作業部会で用いられるべきである。

 勧告: 全ての作業部会は定性的な理解水準の尺度を、IPCCの第4次評価報告書のための不確実性ガイダンスで示唆されているように、政策決定者向け要約及び技術要約で用いるべきである。この尺度は、適当な場合には、定量的な確率の尺度で補完されるだろう。

 第2作業部会政策決定者向け要約は様々な誤りと気候変動の負の影響を強調しているとして非難されている。これらの問題は一部にはIPCCの第4次評価報告書のための不確実性ガイダンスに忠実であることに失敗したことから生じており、一部にはガイダンスそれ自体の欠点から生じている。執筆者は全ての結論について証拠量と見解の一致度を考慮し、高い見解の一致度で証拠量が多い場合は確信度の主観的な確率を適用することを迫られた。しかしながら執筆者は証拠の尐ない記述に対し、高い確信度を報告した。さらに、却下することが難しい曖昧な記述をすることで、執筆者はその記述に高い確信度を付加することができた。第2作業部会政策決定者向け要約は、多くのそのような記述を含んでおり、それらは文献の中で十分に支持されておらず、広い視野に立っておらず、もしくは明確に表現されていない。記述が明確に定義され、証拠により支持されている—いつどんな気候状態の下でそれが起こるのかを示すことによって—場合は可能性の尺度が用いられるべきである。

 勧告:定量的な確率(可能性の尺度でのように)は十分な証拠がある時に限り、明確に定義された結果の確率を記述するために使われるべきである。執筆者は結果や事象に確率を割り当てるための基礎を示すべきである。(例えば、観測、専門家の判断、あるいはまたモデルの実行に基づく)

 コミュニケーション

 気候科学や対応オプションの範囲や複雑さ、および科学者や政府を超えて聴衆へ話す必要性の増大のせいで、IPCCの評価結果を伝達することは困難である。コミュニケーションの課題は、第4次評価報告書の報告の誤りに対するIPCCの遅くまた適切性を欠いた対応に関連する最近の非難を受けて、新たな緊急の問題となっている。このような非難はIPCCが迅速にかつ適切なトーンで非難やこのような争いの場では不可避的に起こる憂慮に対応することができるメディアとの関係を扱う能力の必要性を強調する。それに加え、IPCCの指導者は、特定の気候政策を擁護するように受け取られる公的な発言をしていることを非難されている。意図せずに擁護してしまうことはIPCCの信頼を傷つけるだけである。IPCCの立場で誰が話すべきかを特定するためやIPCCの報告書や権能の範囲内にメッセージを収めるガイドラインを整備するためには包括的なコミュニケーション戦略が必要である。IPCCの新しいコミュニケーションやメディアとの関係の管理者はコミュニケーション戦略を構築中であり、委員会はその迅速な完了を迫る。

 勧告:IPCCは透明性、迅速で配慮された対応、及び利害関係者との関連に重点を置く、また誰がIPCCの立場で話すことが出来、どのように組織を適切に代表するかについてのガイドラインを含む、コミュニケーション戦略を完成させ、

実施すべきである。

 透明性

 気候変動論争における賭けの大きさや政策に関連する情報を提供するIPCCの役割を前提にすると、IPCCはその報告書が子細に精査され続けることを予想できる。そのため、評価報告書を作成するために用いられるプロセス及び手続は可能な限り透明であることが不可欠である。委員会により収集された幅広い口頭および記述による入力から、評価プロセスのいくつかの段階が、当のプロセスに参加している科学者や政府代表者の多くにさえ、余り理解されていないのは明らかである。最も重要なのは評価プロセスにおける主要な参加者を選択する基準がないことであり、何の科学的・技術的な情報が評価されるかを選択するための文書の欠如である。委員会は、IPCCが、評価報告のスコープとアウトラインについての予備的な決定がなされるスコーピング会合への参加者を選択するため; IPCC議長、作業部会共同議長、その他のビューローメンバーを選択するため; そして評価報告書の執筆者を選択するため、の基準を確立することを勧告する。委員会は主執筆者が、注意深く考察された観点の十分な範囲を考慮したことを、たとえこれらの観点が評価報告書に示されないとしても、文書化することを勧告する。

 もし、全体として採用された場合、本報告書で勧告された措置はIPCCの管理組織を、権威ある評価を遂行する能力を促進しながらも、根本から変革するだろう。しかしながら、IPCCの評価の実務がいかに良く構築されたとしても、結果の質は評価プロセスを導く全てのレベルの指導者の質に依存する。著名な学者大きな集団のエネルギーや専門性を巻き込むことによって、ならびに政府代表者の配慮された参加によってのみ、高い水準が維持され、方途に権威的な評価が作成され続け得る。さらに、IPCCは作業部会の数やスコープおよび報告のタイミングも含めて、評価の特徴および構成の柔軟性を維持することについてもっと創造的に考えるべきである。例えば、地域への影響の評価を部門別の影響の評価からかなり遅れて公表することは、両方の評価を遂行する小さなコミュニティーの負担を軽減するだろう。第1作業部会報告書を他の作業部会の報告書に1,2年先だって公表することも望ましいかも知れない。このような問題はスコーピングのプロセスの中で定期的に提起され解決されるが、伝統的なアプローチは将来の評価にとって最良のモデルではないかも知れない。

(添付)IAC原文