データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 水と衛生に関する拡大パートナーシップ・イニシアティブ

[場所] 東京
[年月日] 2006年3月
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

1.基本認識

(水と衛生を巡る状況)

 水は人間の生命・健康の維持、経済活動や生態系の保全に不可欠なものである。国連のミレニアム開発目標(MDGs)では、安全な飲料水と基本的な衛生施設へのアクセス拡大が目標として設定されている。これは、水がMDGsの他の目標である貧困や飢餓の削減、保健、教育、ジェンダー平等や持続可能な開発の達成のために極めて重要な要素であることを反映している。

 開発途上国において安全な飲料水を使用する人口の割合は、1990年の71%から2002年には79%に向上した一方、依然として世界の11億人の人たちは安全な飲料水へのアクセスがない。特に、サブサハラ・アフリカでは、進捗が遅れている上、人口急増の結果、目標達成が一層困難な状況となっている*1* 。

 また、開発途上国において基本的な衛生施設へのアクセスのある人口の割合は、1990年の34%から2002年の49%に向上した一方、依然として世界の26億人の人たちはトイレ等の衛生施設を利用できない状況にある*1*。

 水関連災害による被害は、開発途上国に集中し増加傾向にある*2*。また、世界各地で人口増加や経済発展、都市への集中、気候変動の影響等により水不足が構造的に深刻化することが予測される。この結果、河川や地下水等の水源を共有する諸国や住民の間等で、水資源や水環境等を巡り緊張が高まる可能性もある。

(我が国の経験)

 我が国は、歴史的に経済発展と産業構造の変化、都市化の進展等に伴って深刻化した洪水、渇水、水質汚濁等の問題を克服するため、水関連災害の軽減、水利用調整、水質汚濁防止等に関してソフト、ハード両面の対策を進めてきた。

 戦後の復興から高度成長期にかけて、都市部を中心に広域的な水資源確保や上水道整備等を進め、水供給の安定化、衛生状態の改善等を図った。また、農村部では台所やトイレ等の生活環境の改善や灌漑事業を総合的に進め、衛生状態の改善及び農業生産性の向上を図った。さらに、高度成長期には、河川、湖沼等の急速な水環境悪化に対し、排出水規制の実施、下水道の整備等により対応する一方、地下水の過剰取水による地盤沈下問題に対し、揚水量の規制のみならず水環境関連法による工業排水の水質規制により水の有効利用を進め、総合的に対応した。

 こうした中で確立された多摩川等の流域を単位とした下水道整備のマスタープランによる水質管理、琵琶湖等の総合的な湖沼管理、鶴見川流域等の総合治水対策、濃尾平野等の地下水規制管理等の手法は、今後、開発途上国における統合水資源管理(IWRM)*3*にも有効に活用できるものである。

 こうした我が国の経験、知見や技術を活用して、開発途上国の水と衛生に関する状況の改善に積極的に貢献することは、我が国の比較優位が高く、質の高い援助につながる。

(我が国のODAでの取組)

 我が国は、水と衛生分野において1990年代から継続的に世界のトップドナーであり、2000年から2004年までの5年間では二国間ドナーの41%に当たる46億ドルのODAを実施した。我が国は、水と衛生の分野で、統合水資源管理の推進、安全な飲料水と衛生の供給*4*、食料生産等のための水利用支援、水質汚濁防止と生態系保全、水関連災害による被害の軽減に関するソフト、ハード両面の支援を行っている。

(イニシアティブの発表)

 2003年3月の第3回世界水フォーラム・閣僚級国際会合の機会に発表した「日本水協力イニシアティブ」は、この分野における我が国の包括的な取組を提示した。こうした水と衛生に関する我が国の援助を一層効果的に実施することを目的として「水と衛生に関する拡大パートナーシップ・イニシアティブ(英語名:略してWASABI)」を発表する。

2.基本方針

 我が国は、以下の方針に従って、各被援助国の開発ニーズや技術レベル等に応じて水と衛生に関する開発途上国の自助努力を支援していく。

 その際、我が国の援助をより効果的に実施するには、特に国際機関、他の援助国、我が国の地方自治体、内外のNGO、民間セクター、教育・研究機関等との連携を図ることが重要である。このため、地域社会や個人などに直接裨益する草の根レベルの協力においては、NGOとの連携を図る。また、南南協力の取組を支援する。

(1)水利用の持続可能性の追求

 水資源を将来にわたって効果的かつ効率的に利用するためには、統合水資源管理計画等の水資源管理計画の策定が不可欠である。このため、まず利用可能な水資源量の把握、水需要の動向、水利用による環境への影響についてモニタリング・予測・評価を行い、その結果を踏まえて政策レベル及び事業レベルで適切な施策をとる必要がある。ただし、水資源の配分は、国内的あるいは国際的な対立の要因となりうることから、水資源管理計画を策定する際には、衡平な水配分の問題にも考慮する必要がある。

 我が国は、開発途上国における水をめぐる長期的動向のモニタリング・予測・評価及び長期的な水管理計画の策定、実施に向けた自助努力を支援する。国境を越えた河川や地下水等の水資源については、関係国間の共同管理を推進するための枠組みづくりを支援する。

 また、我が国が支援する上下水道整備や灌漑整備などの事業については、事前に被援助国における水管理計画との整合性を確保する。事業実施後には、被援助国が水環境への影響等を継続的にモニタリングしつつ、上下水道等を適切に維持管理・運営できるような体制づくりを支援する。さらに、下痢症等の水系感染症の罹患者数等を指標とする健康面での改善状況のモニタリングを支援する。

(2)人間の安全保障*5*の視点の重視

 水と衛生に関する状況を改善するためには、政府レベルの施策とともに人間の安全保障の視点を踏まえて個人及び地域社会の保護と能力強化を図ることが重要である。例えば、地域社会における飲料水供給や灌漑のためのインフラ整備や維持管理・運営における住民の能力向上と参加を促す手法を取り入れる。また、ジェンダーにも配慮した住民の組織化や水と衛生に関する知識の普及などの能力向上を支援する。水に焦点を当てた地域社会への支援をきっかけとして、女性を含む住民が自立し、「開発の担い手」として活躍することを目指す。

 また、安全な水へのアクセスの欠如、水質汚濁といった様々な困難に直面する貧困層をはじめとする社会的弱者への支援を重視する。さらに、洪水、土砂災害、干ばつ等の自然災害のリスクに対して人々を保護し、対応能力を強化することは、人間の安全保障の観点から重要である。このためにダム、堤防、砂防えん堤等の整備、深井戸整備を含む渇水危機管理のほか、土地利用計画の策定、水関連災害予警報システムの整備、住民に対する防災教育等ソフト面の支援を行う。

(3)能力開発の重視

 開発途上国における政府の組織、政策、制度及び情報データの整備や人材育成を進めることは、飲料水供給、下水・し尿衛生処理、灌漑、治水のためのインフラ整備、その他の活動の効果を最大限発揮する上で重要な意義がある。また、地方政府等地域レベルで技術力や管理能力の向上等の能力開発を進めることは、整備されたインフラの適切な維持管理・運営のために不可欠である。したがって、我が国としても、能力開発とインフラ整備の双方を視野に入れて援助を実施する。このためにも、技術協力、無償資金協力及び有償資金協力の連携に配慮したプログラムを促進する。

(4)分野横断的な取組による相乗効果の追求

 水と衛生分野の支援が、これと密接に関連する保健、教育、防災、都市・農村開発、産業発展、環境・生態系の保全、ジェンダー平等といった目標に対して効果的に貢献するよう十分考慮する必要がある。このため、水と衛生分野の支援において、案件形成段階からこれら目標への効果や影響を十分考慮するとともに関連分野の支援との連携を図る。また、実施した支援がもたらした影響へも十分配慮する。

(5)現地の状況と適正技術への配慮

 河川管理、水利用調整、衛生に対する考え方等の水と衛生に関する諸問題は、地形や気象等の自然条件や、政治、社会、風土、文化、宗教、慣習といった様々な要因と密接に関連することから、援助の実施に当たっては、こうした現地の状況や特性と適正技術に十分考慮する必要がある。

3.具体的取組

 水と衛生分野で援助実績が世界一の我が国は、その経験、知見や技術を活用して、以下のとおり包括的な支援を開発途上国に対して行う。

(1)統合水資源管理の推進

(イ)持続可能な水利用の確保に向け、統合水資源管理の実現を支援する。このため、我が国の経験、知見や技術を活かした総合治水対策、統合的湖沼流域管理(ILBM)*6*、地下水規制管理等の手法をもとに、開発途上国の能力開発を支援する。また、気候変動の影響を含む地球規模での表流水及び地下水循環のモニタリング・予測・評価を行うことにより、水を巡る中長期的な動向を把握することは、適切な水資源管理の観点から重要な意義がある。このために、全球地球観測システム(GEOSS)*7*の構築等を支援する。

(ロ)水不足が構造的に深刻化することが予測される地域を中心に、国際協力に基づく国境を越えた河川や地下水等の水資源管理に向けた体制整備を支援する。

(2)安全な飲料水と衛生の供給

 安全な飲料水と衛生の供給は、下痢症等の疾病予防による乳幼児死亡率の低下や健康増進、水汲み労働からの解放による就学・就業機会の確保等を通じて住民の生活水準の向上に直接影響する。水の安全性を確保するためには、人為活動に由来する農薬等の化学物質に加え、ヒ素、フッ素等主に自然由来の化学物質に対する対策を取ることも必要である。したがって、保健分野をはじめとする他の分野の活動とも連携して支援を行う。

 1)村落地域における取組

(イ)水供給施設の整備においては、人間の安全保障の視点を重視し、深井戸、簡易水道等の現地の状況に適した水供給施設の整備を支援する。また、女性を含む住民が自立し、持続的に施設の維持管理・運営ができるよう、地域社会の能力開発を支援する。さらに、水の安全性等に関する住民の意識向上のため、水と衛生に関する知識の普及を図る体制の整備を支援する。

(ロ)し尿の回収処理、し尿を農業肥料として利用するエコロジカル・サニテーション等を通じて衛生改善を支援する。また、鳥インフルエンザ等の家畜に起因する感染症対策の観点から、家畜の糞尿回収及び安全処理に配慮しながら、衛生の改善を支援する。さらに、衛生施設の整備においては、現地の自然条件や社会、慣習等への配慮が特に重要である。

 2)都市部における取組

(イ)上下水道等のインフラ整備に必要となる大規模な資金ニーズに対応するため、ODAに加え民間資金の活用を図る。また、資金的制約などにより上下水道整備が困難な場合には、バキューム車によるし尿回収処理など現地の状況に応じた過渡的な措置を支援する。

(ロ)上下水道の自立的な運営のためには、インフラ整備とともに維持管理・運営に係るソフト面の支援を行うことが重要である。したがって、貧困層に配慮しつつ、民営化問題への対応、料金徴収等の経営手法や漏水及び水質のモニタリング等の管理手法に関する運営主体の能力向上を支援する。

(3)食料生産等のための水利用支援

 食料増産、地域開発、産業発展等のため、農業用水、発電、工業用水、舟運といった水の多面的な利用を推進する。

(イ)農業用水の有効利用に向け、貯水施設、用排水路等の灌漑施設整備、節水型農業技術の開発、普及等を支援する。インフラ整備においては、住民参加の促進により地域住民のニーズを反映するよう配慮する。また、住民の参加意識と施設管理能力を高め、インフラの維持管理・運営が自助努力により持続するよう努める。さらに、貯水池や水路の整備により、マラリア、住血吸虫といった寄生虫疾患が発生しないよう配慮する。

(ロ)再生可能なエネルギーである水力発電の拡充のため、灌漑水路等での小水力発電、既存発電所の機能向上等を支援する。

(ハ)地域開発、産業発展等の過程で急速な工業化が進むことが予測される地域等において、地下水の過剰取水による地盤沈下や生態系への影響等に配慮しつつ、計画的な工業用水の供給を支援する。

(ニ)安価で環境負荷の低い輸送手段である舟運の拡充のために、水路や閘門の整備を支援する

(4)水質汚濁防止と生態系保全

(イ)家庭等の小規模な汚染源から排出される生活排水や家畜糞尿による水質汚濁に対する対策として、現地の状況に応じた適正技術に配慮した衛生施設の整備等を支援する。また、こうした施設の整備に合わせて、住民の意識啓発により持続的な効果発現を図るための衛生教育を推進する。

(ロ)工場等の産業排水に対する対策として、汚染源の特定や排水基準策定等の知見、水の有効利用や排水処理等の技術の移転に努める。

(ハ)河川、湖沼、湿地等における水質汚濁防止、生態系保全や砂漠化防止に向けて、水量や水質の保全に向けた取組や緑化、植林、森林の保全等を支援する。また、水環境に関する政策、技術等の情報共有を推進し、開発途上国の能力開発を支援する。

(5)水関連災害による被害の軽減

(イ)水関連災害の発生に関する予警報システムの確立に向けて、表流水及び地下水に関する水文情報システム及び予警報の伝達システムの整備や改善を支援する。また、個人及び地域社会の災害対応能力強化に向けて、ハザードマップの整備や地域住民による防災訓練等の自主的な防災や危機管理の取組を支援する。

(ロ)水関連災害対策のために、環境や住民移転に配慮しつつ既往災害の規模を考慮し安全性を見込んだ治水施設(ダム、堤防等)、砂防施設、下水道(雨水排水施設)、渇水対策施設(ダム、深井戸等)等のインフラ整備を支援する。

(ハ)災害発生後の感染症予防に向けて、保健分野と連携した安全な飲料水と衛生施設の供給を迅速に支援する。

*1* 出典: WHO/UNICEF, Water for life: making it happen, 2005

*2* 出典: UNESCO-WWAP, Water for People, Water for Life, 2003

*3* 統合水資源管理の概念: 「統合水資源管理」においては、1)自然界での水循環における水のあらゆる形態・段階(水資源と土地資源、水量と水質、表流水と地下水など)を統合的に考慮すること、2)従来別々に管理されていた水に関連する様々な部門(河川・治水、上下水道、農業用水、工業用水、生態系維持のための水など)を考慮すること、3)中央政府、地方政府、民間セクター、NGO、住民などあらゆるレベルの利害関係者を含む参加型アプローチを目指す。そして、このような方法で水を計画的に管理することによって、生態系の持続可能性を損なうことなく、水の便益を衡平な方法で最大化することを目的とする。

*4* 我が国のODAの実施による効果として、例えば、1980年代以降に実施した上水道整備に関する円借款案件では、世界各地で1億人以上の人々が安全な飲料水にアクセスできるようになると期待されている。

*5* 「人間の安全保障」は、一人一人の人間を中心に据えて、脅威にさらされ得る、あるいは現に脅威の下にある個人及び地域社会の保護と能力強化を通じ、各人が尊厳ある生命を全うできるような社会作りを目指す考え方である。具体的には、紛争、テロ、犯罪、人権侵害、難民の発生、感染症の蔓延、環境破壊、経済危機、災害といった「恐怖」や、貧困、飢餓、教育・保健医療サービスの欠如などの「欠乏」といった脅威から個人を保護し、また、脅威に対処するために人々が自らのために選択・行動する能力を強化することである。

*6* 湖沼や貯水池を抱える流域を総体として環境等の観点から統合的に管理し、持続可能な利用を図るための手法。

*7* 既存及び将来の人工衛星や地上観測などが連携した地球全域を対象とする包括的な観測システム。2005年2月に開催された第3回地球観測サミットにおいて今後10年間でのシステム構築などを含む「10年実施計画」が承認された。