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政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 2012年APEC閣僚会合共同声明 附属書C:エネルギー効率のためのナノテクノロジーに関するイノベーション技術対話の提言

[場所] ウラジオストク
[年月日] 2012年9月6日
[出典] 外務省
[備考] 仮訳
[全文]

 我々,エネルギー効率のためのナノテクノロジーに関するイノベーション技術対話(ITD)の参加国は,有効であれば PPSTI(イノベーション創出のための政策連携)において ITD パイロット・メカニズムを更に実施し,我々の地域における多くの課題に対処するための手段として,エネルギー効率を高めるナノテクノロジーの発展に関する指針を APEC エコノミーに提示するため,以下の勧告に合意した。

A.エネルギー効率の向上におけるナノテクノロジーの役割

1. 我々は,重要な新技術の発展と適用を加速することで, APECエコノミーが直面する様々な問題の効率的な解決策を生み出すことができると確信する。我々は,特定の重要技術分野における協力の拡大の重要性を認識する。技術革新は経済を強化するだけでなく,好ましい社会的影響や環境保全の利益をも提供するものである。

2. ナノテクノロジーは, APECエコノミーにとっての革新的解決策の主要な源泉の1つであり,物質利用のすべての分野において重大な影響をもたらす。これらの解決策の最も重要な適用の一つは,エネルギー部門に見られ,ナノテクノロジーは, APEC エコノミーにおける高水準のエネルギー消費への対処に資する。

3. 2010年の「APEC成長戦略」及び2011年の首脳宣言は,持続可能なグリーン成長を達成するため,エネルギー効率性及び低炭素政策を推進することを目標とした。第1回 ITD は我々をこの目標に近づけさせ,APECエコノミーにおけるグリーン成長を前進させる。

4. 世界のエネルギー消費量,並びにそれに起因する問題(自然エネルギー資源の枯渇,気候変動を引き起こす温室効果ガスの排出,エネルギー安全保障問題等)の継続的な増加は,すべてのエコノミーにとって重要なエネルギー政策の基礎として,エネルギーの効率利用を要求する。改善されたエネルギーは,増加したエネルギー需要の相殺に資することで,エネルギー安全保障を高めることができる。国際エネルギー機関によれば,建設,産業プロセス及び輸送におけるエネルギー効率性の向上は,2050 年の世界のエネルギー必要量を 3 分の 1 まで削減させ,温室効果ガスの世界的排出の管理に資する。

5. ナノテクノロジーは,新たなアプローチ,技術,物質の採用を,伝統的エネルギー資源の効率的利用から再生可能な資源に基づく次世代技術の発展及び実用まで,広範囲にわたり適用を可能とする,各エコノミーのエネルギー効率目標の達成を助けるための,大いなる可能性を有する。ナノテクノロジーの影響は,持続可能なエネルギー政策の柱として,エネルギー効率と同様に再生可能エネルギーにおいて,特に重要である。

6. ナノテクノロジーは複合物質により広く活用されつつあり,かつてなかったほどに,同じ資源からより軽く,耐久性があり,頑丈な物質を作ることを可能とし,そのためそれらの利用及び輸送に関連するエネルギー消費量も比例的に減少させうる。現在,利用されている多くの物質は,低い効率性及び高いエネルギー消費量に特徴づけられている。新たな物質の生産へのナノテクノロジ ーの利用は,あらゆる分野における構造強化を大幅に高め,軽量化物質により,環境への影響を軽減させる。ある特定のナノテクノロジーは,消費者へのエネルギー供給の全ての段階(生産,貯蓄,輸送,消費)におけるエネルギー効率性を確保する上でも重要である。

7. 我々はナノテクノロジーの発展が,サプライチェーン,環境,イノベーション,貿易や投資といった APEC のアジェンダの優先事項に合致すると認識する。サプライチェーンの効率性を向上させるために,ナノテクノロジーを導入することにより,自動車の軽量化,ひいては,消費燃料の減量及び輸送費用の減少を可能とする。環境保護の分野においては,我々は,より少ないエネルギー消費量,そして結果として,より少ない排出量を確保する,環境に優しい製品やその生産方法を作り出すために新しいナノテクノロジーを利用することができる。

B.経済政策の枠組みへの提言

 我々は,エネルギー効率性を向上させるため,ナノテクノロジーを発展に関 し以下の提言に合意する。

一般提言

1. APEC エコノミーは,エネルギー効率性課題に対処するために協力する。

エネルギー効率的な技術及びビジネス解決策の開発及び実施に関与するビジネスへの幅広い,WTO 整合的な奨励措置,古い技術の取り替えを支援する方策の導入,及びエネルギー集約型の適用に代わりエネルギー効率的な解決策を採用するようビジネス及び一般家庭に段階的に転換を促すことは,有益である。

2. 科学的・技術的協力の発展,エネルギー効率性に関連する分野での関連する生産能力構築,及びベストプラクティスの検討は,エネルギー効率性の推進への野心におけるAPECエコノミーの優先事項に含まれるべきである。

3. これらの分野における国際協力は,地域の経済発展の維持,さらには強化する発展を加速することに資する。入念に練られた調和されたアプローチは,この分野での相乗効果をもたらす。

政策手段

1. 長期的な科学・技術政策の策定

 ナノテクノロジー分野の政策立案は,効率的な関係機関の調整及びビジネスと学界との緊密な協力を必要としていることから,国内の科学・技術政策の策定に,政府機関及び非政府組織の様々な部門における集約的作業を関与させる。

 これは,政府機関,ビジネス,学界及びその他利害関係者の役割を明確化した長期的な科学・技術戦略の採用によって効果的に実現される。このような方策は,長期的な計画を可能にし,それにより,投資家へ積極的な市場動向及び長期投資の選択肢を提示しうる。

政策方針

 長期的な思考が強調されるべきであるが,政策決定を導く短期又は中期的な実証も含まれるべきである。政府が長期的に将来性のある研究を支援する必要があることは明白であると同時に,「勝ち馬(“picking winner”)」を回避し,代わりに革新的技術の市場主導型発展を支援すべきである。

 新たな物質の商業化を促進するため,エコノミーは,技術的な世代交代を奨励し,より広範囲なイノベーションを促進させ,既存の研究成果のより効率的 な適用をもたらす政策を支援する。

 ナノテクノロジーの開発による帰結を可能な範囲で予見し,必要とされる関連市場を作り上げることが必要である。よって,エコノミーはナノ実現物質 (nano-enabled materials)の安全な再利用及び適正な利用を促進する必要がある。

 新たな物質及び製造過程への既存技術の適用は,新たなビジネスモデルとビジネスのベストプラクティスの開発及び実施に寄与する。ゆえに,組織的なイノベーションは,製品イノベーションの開発に貢献する。

2. 科学・教育政策

 教育と科学は,イノベーション・プロセスの起点となり,イノベーション・システムのアイディアを生み出す。よって,教育を発展させ,大学だけでなく,学校における科学に重点をおくことが重要である。過去数十年間で,研究はより複雑になり,現代の科学的発見は,個々の科学者ではなく,科学者グループによりなされていることに留意することが重要である。学科レベルでは,一般的には,複合的なチームがより効率的である。したがって,我々は,相互交流と協力を促進し,適切な資金と必要な能力へのアクセスを促進することにより,個々の科学者と研究グループの科学的可能性の発展を促進する方策を導入することが必要である。これは,新技術の創出に関連する危険性と複雑さを軽減させる。

政策方針

 科学と研究の国際化の進展により,科学者の容易な越境移動への不要な障壁を特定し,削減することが極めて重要である。この方針への可能な措置には, APEC エコノミーの科学的交流のためのより開かれた体制を促進し,それにより,専門知識の利用可能性を促進することも含まれる。

 研究の複雑性と,抑圧的なイノベーションを避けるために広範囲な分野のみ支援することの必要性は,科学的研究の集約に関して,選択の自由を維持する研究助成金の管理へのより柔軟な体制を奨励するよう個々のエコノミーが考慮すべきことを意味する。

 長期にわたるナノテクノロジー研究への広範囲な公的機関の関与と認知は,市場を支え,関連品の需要に貢献し,科学者の一定の流入を生み出す。これは政府の科学投資により自由を与えるものである。この点に関しては,若い世代へのナノテクノロジーの一般認識プログラムを立ち上げることを通じて行うことも含め,エネルギー部門における利用を推進するために,新たに出現したナノ実現物質(nano-enabled materials)に関する一般への教育の促進を通じることで,大きな成果が得られる。

 多くの科学者が概して商業化プロセス及び市場と切り離されていることからも,科学者の意欲を考慮し,技術的起業家精神を促進させる政策を発展させることが重要である。環境面での結果が,一般的には,よりクリーンな製品や技術の適切な摂取がなされるまでは,有意義な規模で観測されないため,とりわけ環境の観点より,最大限の影響を生み出すことも重要である。

3.必要な設備と専門知識へのアクセス

 ナノテクノロジーは科学における最先端分野の一つとして認識される。よって,ナノテクノロジー分野の研究をより効果的なものとするために,科学者は,特別な高精密設備を必要とするも,いくつかのAPECエコノミーはそれを有していない,或いはそれを維持するための資源を有していない。さらに,それらの高精密設備を用いて作業するには,特別の知識と技能も要求されるが,これもすべての APEC エコノミーが有しているものではない。

 同時に,いくつかのエコノミーにおいては,製品のために,ナノ実現部品 (nano-enabled components)を製造する原材料も欠如している。

 ナノテクノロジー研究が先進的な設備と専門知識の双方を必要とする事実により,この分野における協力の推進が,個々のエコノミーの可能性を高める画期的な研究を作り出すことを APEC エコノミーに与える。

政策方針

 必要な機器及び専門知識へのアクセスの推進は,合同プロジェクトや学術出版物の形式をとりつつ,科学機関や研究施設間の協力を高め,機器及び設備の 特別な貸与制度を発展させることで達成可能である。

 既存の貿易障壁を削減し,科学研究設備及び部品の貿易を推進する措置が執られるべきである。

4.起業支援政策

 新技術の商業化は,多くの場合,高額になりがちで,また,十分な資金が必要となる。民間資本は,その技術がなされた投資の十分な見返りに,可能性があると確信できる時に,資金を提供する。したがって,民間事業者はリスクを評価し,消費者の選好及び期待を分析することで,その技術の潜在的な商業的成功を測っている。新たな技術的解決策は主に市場ニーズに焦点を当てている。したがって,効果的な起業家精神が,中小規模の技術ビジネスを市場で成功させる鍵なのである。この点に関し,経済活動における新興企業家や若手起業家も含めたこのような起業家精神が,科学の発展を確実に進展させている。

政策方針

 政府は,大学や科学研究所から産業への技術の移転を容易にしうる,民間部門からの資金を導きうる環境を推進すべきである。ビジネスが,特に,調査及び開発の結果に関心を抱き,技術を確約することに投資する心構えができている時に,政府は,そういった相互作用を導く環境を創造するべきである。

 APEC エコノミーは,専門知識を共有すること,及びベンチャー投資家がナノ テクノロジープロジェクトへ投資するように奨励することに協力すべきである。 このことは,ベンチャー投資家と発案者の対話の促進,起業家教育の促進,大 学や科学研究所からビジネスへの技術移転の促進,大学内にビジネス・インキ ュベーターの創設,ビジネス関係者のナノテクノロジー研究の育成への関与の 奨励,及び,新技術の商業化の加速化など,様々な既存の制度の効果的利用を 通じて達成される。

この点に関して,APEC エコノミーは,起業家精神を促進し,資金へのアクセ スを強化し,国際化の能力を向上させる,若手起業家ネットワーク(YEN)及び SMEWG で提案された APEC 起業促進イニシアティブ(ASA)を推進するために協働 すべきである。

5.インセンティブ

 ナノテクノロジー部門は,初期の段階では高額の投資を必要とする特徴があ る。また,多くのナノテクノロジーは,利益の回収期間がかなり長いという特 徴もある。しかしながら,ビジネスは,多くの場合,投資の迅速な回収を求め, 長期にわたる商業化サイクルのプロジェクトを支援することに熱心ではない。

 したがって,ビジネスが革新的技術へ投資する意欲は,中期または長期で商業化されうる,潜在的に成功する製品への投資するよう奨励する外部のインセンティブによって決まる。

政府が戦略的なビジョンを持ち,技術の発展に関して中期的または長期的な観点に関心を払うことで,政府はそのようなインセンティブを提供することができる。

政策方針

 政府は,国際的な義務に整合的に,革新的技術の開発,古い技術の取り替え, 産業企業と研究開発機関もしくは大学との提携を奨励するために,補助金や税制優遇措置を含む,既存のメカニズムを最大限活用することができる。

 支援計画は,長期的な資金を供給し,単一系列の技術にすべての措置を集中させるべきではなく,むしろ幅広い技術動向,望ましくは前競争的な段階における多角的協力の促進,それにより,市場が特定の技術を選択できるように支援することが重要である。

 特別なインセンティブが,ナノテクノロジーを市場に導入するために研究開発センターや大学と提携する事業会社に与えられうる。

6.人の健康及び環境保護のための安全政策

 新技術の参入は,それらの,人の健康や環境への影響に関する情報の不足から,新たな環境課題を提起しうる。

 したがって,効率的な安全政策の発展を支援するため,環境及び健康への影響を管理することに関して情報を共有し,経験を交換するための,共同の取組が必要とされる。

政策方針

 個々のエコノミーは,有効な環境,健康及び安全政策の実施を奨励し,環境や健康に対しナノテクノロジーが与えうる悪影響を減らすためにナノ毒物学の研究の発展を強化すべきである。

 人の健康及び環境の保護を目的とした安全政策は,規制を理解し遵守する産業の能力を促進させ,人の健康及び環境を確保しうる,新製品や製造工程の環境への影響に関する対する一貫性があり予測可能な要件を提示することが期待される。

 安全規制は,イノベーションが抑制され,技術へのアクセスが制限され,また不必要な貿易障壁が作り出されないことを確保する努力をしつつ,ナノ実現物質(nano-enabled materials)及びナノテクノロジーの開発において重要な役割を果たすべきである。

7.知的財産認知政策

 発案者は,多くの場合,どのように自身の成果物から生じるであろう知的財産権の保護及び執行を確保するかについての専門知識が欠けている。政府は,商業化が発案者にとり公平かつ保障されていることを確保するため,知的財産権を保護し,執行すべきであり,企業の革新への意欲を高めるべきである。

政策方針

 知的財産権及び政策に関する社会的知識の向上は,知的財産権の成功裏の管理,保護及び執行に役立つ手段に関する認識を高める取り組みを実施することで達成される。

 個々のエコノミーは,知的財産保護及び執行におけるベストプラクティスの交換における協力を高め,この目標を達成するために必要な法的枠組みをいか に発展させるかにつき,検討すべきである。

8.一般家庭需要

 大きく革新する傾向は,需要のレベルに依存している。エネルギー効率的な解決策の利用は, 順次に,エネルギー効率的な技術の更なる開発へのインセンティブとなり,エネルギー効率性の問題の解決に貢献しうるナノテクノロジー事業の需要を創り出し,一般家庭にとって明らかに有利なものであるべきである。

政策方針

 政府は,一般家庭が省エネルギー製品を使うのを奨励すべきであり,これは, 関連のキャンペーンの実施や,特定のインセンティブを与えることにより達成しうる。グリーンエネルギーの割合を高めることを含め,エネルギー源を多様化することは, エネルギー効率的な技術の商業化によってもたらされる研究・ 開発を促進するために,政府によって奨励されるべきである。

9.情報交換

 イノベーションは,多くの場合,利用可能な資源の新しく独特な組合せを意味する。そのような独特の組合せを素早く作りだし,すべてのエコノミーにおいて経済成長を促進するために,すべての利害関係者の資源を調整する必要がある。それゆえに,情報交換は,ナノテクノロジー分野において革新的成長を促進させる措置と資源を組み合わせる協力を促進するための基本的な要素となる。

政策方針

 政府は, APEC エコノミー間での教育計画及び協力,特に,早い段階での協力が将来の協力の強固な基礎を作り出すことから,大学院生の育成を促進すべきである。より多くの人々を教育し,公衆の認知度を促進し,特に,ナノテクノロジー研究開発において,より多くの若い才能を訓練するために,政府により措置がなされるべきである。

 エコノミーは,共同開発や研究を含め,ベストプラクティスの共有や科学技術ネットワークの促進することで,研究開発センター間の協力を促進すべきである。

 情報交換は,産業をイノベーターに近づけるために,すべての利害関係者が関与するネットワーク活動への積極的な参加を通じて奨励されるべきである。

 それと同時に,情報交換に関する政策は,ビジネスの観点から,また優れた発見を発表することを望む科学研究者の観点からも,機密性の問題を十分認識すべきである。

 ナノテクノロジー分野のものも含めたイノベーション活動は,エコノミー全 体,地域及び地方政府レベルにおいて,普及されるべきである。