データベース『世界と日本』
『アジア太平洋諸国の対外政策』講演集
東京大学東洋文化研究所 田中明彦研究室

「二国論」政策の形成過程
「二国論」政策の形成過程
京都外国語大学教授
中川昌郎
2000年2月18日


 中川 いただいたテーマは「二国論政策の形成過程」ということですが、形成過程よりもむしろ、二国論政策を発表してから中国と台湾との関係がどうなってきたのか、それからいま焦点になっている台湾の総統選挙がどうなっているのか、選挙が終わった後にどうなる可能性があるのか、そんなあたりでお話をしてみたいと思います。

 中国と台湾との関係が特殊な国と国との関係であるということを李登輝が言って、それが台湾のマスコミで両国論という名前になり、さらに日本のマスコミでは二国論という名前が付いてしまった。しかし、二国論なるものは、論というものではないんだと私は思います。現在の中国と台湾との関係を表現したに過ぎない。そういうものだと思います。具体的にはどこに向けて話したのか。マスコミあたりでは中国に向けて話したと、とらえられることが多いですが、私はむしろアメリカ、日本に対して向けた話なのだと解釈しています。

 アメリカ、日本において、一つの中国なるもの、一つの中国という主張をどういうふうに受け取ったらいいのか。そこで迷いと誤解がある。それを正すために台湾としては一つの中国という言葉をどう解釈しているのか、そこをはっきりさせなければいけない。そんな意図から、台湾は一つの中国ということは受け入れるが、しかし、一つの中華人民共和国ではないのだ。中華人民共和国に台湾が吸収されるということを認めるものではないのだ。それをはっきりさせよう。そんな意図から出たのが二国論だと思います。

 それでは、二国論が出て、台湾はどんなことをやったか。台湾でジョークとして言われることですが、国民党は唖然とした。新党は反対した。民進党は賛成した。「国民党唖然、新党反対、民進党賛成」、そんなふうにまとめて言っております。

 台湾の政府が、この前後に特にやり出したことは軍の近代化です。台湾の軍隊は、『ミリタリーバランス』などではあのような小さな国のレベルとしては大層強力な装備を持っていることになっていますが、李登輝の例の『台湾の主張』を読むと、実態は結構ひどいものだったらしい。台湾の軍隊は国民党が大陸から連れてきた軍隊である。これまで軍隊は外省人のよりどころとされていた。彼らは軍人であることを利用して、台湾でのうのうと快適な生活を送っていた。そういう状態であったのだと言います。

 ちなみに大陸から来た人たち、外省人がいまだに力を持っているのは、いまひとつマスコミ関係があると言います。ここのところがきょうの話の伏線です。

 台湾の軍隊は「大陸反攻」という旗を掲げながら、実態は戦争が起こる気配があまりない。それを利用して好き放題をやってきた。実際に中国が攻めてきた場合には、とても防衛できるような代物ではなかったんだと李登輝は説明しています。

 軍隊というのは攻撃型、防衛型という編成のしかたがあるんだそうです。台湾の軍隊は実際は台湾を防衛しなければいけないにもかかわらず、攻撃型の体制を取っていた。しかもそれも実際に攻撃できるような代物ではなかった。だから、それを本格的に台湾を防衛させるような編成に切り替えなければいけない。

 その過程で明らかにされたことは、第1にはのうのうとして食べている人たちが多い。具体的には将校がやたらに多い。大将がやたらに多い。兵士が少ない。そういうアンバランスな状態であったのだそうです。

 それから軍隊の基本となるべき師団も、師団長をやたらに増やすためか充実した体制にない。だいたい師団というのは1万から2万人規模ぐらいであるのがノーマルなんです。それが台湾では7000人規模の師団であった。そんな師団はさっさと解体して、もっと動きやすい旅団という編成に切り替えるんだ。それが軍隊の近代化で李登輝が言ったことです。

 それから、李登輝の本に書いていないことで、マスコミなどでも言われるようになったこととしては、攻撃型の軍隊から防衛型の軍隊にするため、今まで金門島、馬祖島を重点にしていたのを澎湖諸島に重点を移す。中国軍が攻めてくるとしたら、金門・馬祖島はバイパスして、澎湖諸島あるいは台湾本島に上陸してくる可能性が高い。だから、今年から澎湖諸島の防衛に力を入れるようになりました。二国論を発表するには、台湾としてもそれなりの構えをとったわけです。

 中国はもちろんのこと反発しました。二国論なるものは二つの中国であると。中国ばかりではなくて、わが国日本においても、そのような解釈が通りました。理由は「国」という漢字を使ったためです。アメリカは二つの中国という解釈には至りませんでした。二国論を英語にすれば One China, state-to-stateであるとアメリカには説明できたわけです。中国は反発しましたが、ただし、軍事行動は起こしませんでした。中国の反発のなかで今回、面白いなと思ったのは、もし二国論を憲法に入れたら軍事行動を起こす、入れなかったら起こさないと言うんです。

 そして、アメリカはいま言ったように One China, state-to-stateという台湾の説明を受け入れました。 one stateではない。そこのところに台湾の是が非でも主張したいところがあったわけです。だから、二国論の発表は、今までのところは李登輝の思惑どおりに動いたんだと思います。

 次に、選挙戦の動向についてです。これから話す話が3月18日以降通用するかどうか。この会議でする話は、長期間にわたって人の指摘に耐えられるようなものでなければならないと私も思うんですが、今の時点でどんなふうに総統選挙を考えることができるかという話をしたいと思います。また、それはたとえ外れたとしても、こういうふうに考えたんだ、そしてこういうふうに失敗したんだという実例になればいいと、そんなことも考えます。

 選挙の動向は、いま新聞にも取り上げられているとおり、スキャンダルのやり取りです。一番大きなスキャンダルは、国民党からの公認が取れなくて独自に立候補した宋楚瑜についてです。彼が選挙に出るにあたって、選挙資金として何を使ったかというのが、これまでの疑問でした。台湾省というのは、行政区画で言うと、高雄市と台北市、それから金門・馬祖島を除いた台湾全土を言います。1994年から98年までの間、宋楚瑜はその台湾省長の要職にありました。台湾で聞いた話では、宋楚瑜はそのときに省営銀行を利用して株式投資でお金を蓄えたのだろうというのが第1の説でした。第2の説としては、大陸から第三国経由で資金が流れたのではないだろうかという説がありました。

 ところが12月9日、国民党の立法委員が、立法委員というのは日本の衆議院議員に相当するのですが、宋楚瑜候補の息子が日本円で約4億円以上の短期証券を買い込んでいたという事実を暴露しました。宋楚瑜氏の息子が短期証券を買い込んだ時期は1992年。彼は当時兵役に就いていたのだから、自分でその収入を得るはずはない。だから、お父さんがこっそり息子の名義を利用して、これを買い込んだのだろうという疑惑が暴露されました。

 そのときに問題となったのは、なぜ立法委員がそんな秘密を知り得たのか。証券会社の口座は立法委員が行政調査権で調査できる対象ではない、これはきっと国民党が宋楚瑜をいじめるために暴露したに違いない、ということでした。しかし、そんな話よりも、出てきた事実のほうに多くの人は興味を持ったわけです。どこからお金が出たのかということで大騒ぎになりました。

 最初、宋楚瑜は、これは蒋経国前総統の遺族の面倒を見るためのお金であるという弁明をしました。次には、李登輝からもらったお金である。その次には、李登輝は知らないが、これは国民党への寄付であって李登輝を擁護するために使ったんだ、と言いました。3べんも変わったんです。

 結論を言ってしまうと、これは国民党のお金でした。しかし、国民党としては、そのお金を明らかにできない理由がありました。国民党は世界で最も裕福な政党であると言われています。というのは、国民党は世界の政党の中では珍しいことをやっている。自分自身で企業を経営し、かつ投資を行っているのです。

 珍しいというのは、ほかに例がないわけではないのです。たとえばソ連の共産党は自分でそういうことをやっている。それから、イスラエルではそうしたことが認められています。ただし、イスラエルの場合は、各政党が同一の条件のもとで、明白な状態でそれができる。それから、手近にもあるんです。日本共産党がやっている。ただし、日本共産党のやっていることは出版や宣伝活動に限られていて、投資活動や企業を経営したりすることまではやっていない。

 だから国民党は、極めて金権体質な政党であるということになります。しかも、それを隠している。隠していたからこそ盗まれてしまったわけです。盗まれたという言葉はちょっと言い過ぎです。不正に使われてしまった。国民党はもともとは貧乏な政党であったんだそうです。それがなぜリッチになったかというと、台湾を接収したときに、台湾に残されていた日本の資産を、本来は中華民国政権が接収すべきものを国民党が接収してしまった。そのころの中華民国と国民党は区分があいまいで、そういうことができたんだそうです。以来国民党は、もっぱらお金儲けに精を出すようになった。しかも、それをやみのうちでやってしまった。そして宋楚瑜も、そのお金を不正に流用することができたわけです。

 だから、宋楚瑜を追及するためには、国民党も自分自身の体質を改革をする必要がある。そのため、国民党の公認候補として出馬する連戦という人が、1月2日に、国民党の党営事業を中止し、党の資産をすべて第三者の信託会社に委託するという構想を打ち出しました。しかし、中止するとか委託すると言っても、台湾ではそうしたお金を規制する法律がなかった。そこでまず、政治資金規制法やら、それに関連する信託法やら、様々な法律を作らなければいけない。

 しかも連戦が言い出したことは、要は3月18日の総統選挙において、国民党がきれいな政党であるというイメージを作るためですから、はたしてそんな短期間にできるものか。また、国民党としても、表面的には賛成しても、今までそういうお金を利用して好き放題にやってきたわけだから、賛成したくない人も、総論賛成、各論反対という人も、今後出てくるんだと思います。

 今回の選挙の特徴はとにかくスキャンダル合戦で、いまお話しした宋楚瑜の資金疑惑が最大のものです。それから、今まで台湾の政治家については女性問題のスキャンダルは一切出なかったのですが、今回12月に初めて出ました。それは蒋経国の息子である章孝厳という人でした。彼は総統府秘書長つまり官房長官だったのですが、女性スキャンダルを暴かれて、秘書長を辞めるという事件になりました。国民党の側から言わせると、これはどうも宋楚瑜のカウンターアタックである。資金疑惑が出たから、国民党の章孝厳のスキャンダルを暴き出して、マスコミの目をそらしたい。そういうことだったんだと言います。

 スキャンダルは他にもあります。前回、やはり国民党から出て、独自に立候補した林洋港という人がいます。林洋港の副総統として出たのはカク柏村です。{カクはおおざと+赤}この人が自分の回想録を出版したんです。その回想録のなかで、なんと1988年に台湾が核実験をやったとアメリカから指摘されたという事実を明らかにしました。88年というところに問題がありまして、これは李登輝が総統になっていた時期です。だから、これは李登輝の失点になる事件です。

 ただし、台湾で核実験をやったという話はわれわれも知らなかったことで、結局はカク柏村が記者会見を開いて、アメリカにはそんな事実はなかったと説明した。それだったら、回想録のなかに書いておけばよかったようなものだと思うけれども、そのような事件がありました。

 これを台湾の民主化の象徴と言えば言えなくもありませんが、誠にみっともない状態になった。理由は総統選挙の候補者たちの支持率が接近しているということです。支持率が接近しているから、そうした状態を動かすためにはスキャンダルしか手がない。そんな雰囲気なんだと思います。

 ただ、真面目にやっていないわけではないのです。たとえば中国政策については候補者3人ともそれぞれ、李登輝の言った二国論よりもより中国側に受け入れられそうな柔軟な話を公約に挙げるようになりました。たとえば宋楚瑜は、台湾と中国との関係は準国際関係である。国際関係に準ずる関係である。そして、彼が総統になったあかつきには、アメリカ、日本、ASEAN諸国を証人として、期間30年間の相互不可侵協定を中国と結ぶ。そうした話をしています。

 李登輝の後継者と目されている連戦も、今まで中国との経済関係で進めてきた「戒急用忍」政策、つまり中国との経済政策はゆっくり進めればいいという李登輝のスローガンを、中国と台湾との関係がよくなったら見直すんだということを言い出すようになりました。彼は決して李登輝の政策をそのままに実行するつもりはない。

 また、民進党からの候補、陳水扁に対しては、中国は今までのところ最も警戒していました。ところが彼も、もし総統になったら、二国論を憲法に入れるようなことはしない、あるいは中華民国という名称を変えるようなことはしないと言うようになりました。台湾独立運動をする人たちは、そもそも台湾が中華民国という名称を使っているからいけないのだ、台湾共和国という名称に変えればいいんだということを台湾独立運動の一つの政策として今まで訴えてきました。陳水扁は、自分が総統に就いても台湾独立をしない、ということを表明したんです。

 そこで一番大事なのは、中国の反応です。1996年、前回の選挙のとき、中国は李登輝非難を繰り返しました。ところが今度は総統選挙について一切反応していないんです。理由として考えられることは、第1に前回の経験があります。前回、李登輝に反対するということを強くアピールして軍事演習まで行ったため、逆に台湾の人たちの反発を招いて李登輝のほうに票が集まってしまった。李登輝ともう一人、彭明敏という人がいましたが、独立傾向の人たちのほうに票が集まってしまったという分析があります。だから、今回は台湾を刺激しないほうがいいという考えがあるんだと思います。

 ふたつめは、宋楚瑜の支持率がスキャンダル前にはナンバーワンであったことです。スキャンダルが発表されて以降も、現在までのところ、マスコミによって若干の違いはありますがまず3人が一線に並んでいる。だから、宋楚瑜に総統になってもらうためには、いま下手に手を出さず静かにしている方がいい、という判断でしょう。

 つい最近、中国の駆逐艦が台湾海峡を横断したというニュースがありましたが、あれを大々的に取り上げたのは台湾のほうでした。あの行為が本当に軍事的に圧力になり得るものとは考えにくいと私も思います。

 それではだれが総統になるか。これが一番肝心な話ですが、よくこれを聞かれると、No one knowsと一言で片付けてしまいます。李登輝でさえもそんなことは知っているはずはないのだ。私にわかるわけがない。そうは言っても、わからないところで話をします。宋楚瑜の支持率は、スキャンダル発覚後に30%台から20%台前半まで落ち込みましたが、また少しずつ浮上してきています。資金疑惑がもっと具体的なかたちで解明されるようなことになると、彼は身動きが取れない。ただ、これから1カ月の選挙で、彼がああして蓄えたお金を使いにくい状況が生じたということはあるんだと思います。

 連戦は人気がない。よく国民党の機関紙の『中央日報』あたりでは、連戦が1位というあまり聞いたことのない調査会社の報告を出しますが、資金疑惑でそれほど助けられているということはないと思います。ただし、この状態でも彼が勝てる可能性があります。理由は国民党の持っている組織票です。そして、国民党の持っている資金です。実はわれわれが目にしている台湾の選挙は大都市、台北、せいぜいが高雄まででして、台湾の地方政治については全く知る手がかりがないんです。よく昭和30年代の日本だと言われています。

 それから陳水扁は今度のスキャンダルで最も得をした人です。宋楚瑜は不正資金が問題になった。それに対して、連戦ら国民党も自らの暗い部分を明らかにしなければいけない。その2人の候補が資金疑惑とその他のスキャンダルで相討つ状況になったとき、陳水扁はクリーンな候補者として人気を集められる可能性があります。ただし、彼の弱点は連戦と逆のケースです。組織票がない。だから、大都市で派手に騒いだとしても、地方がはたしてどこまで言うことを聞いてくれるか。そこが問題なんです。結論から言うと、この状態だと連戦が勝つ可能性がある。

 最後に、二国論政策の継承の可能性についてです。だれが総統になるにしても、新しい総統が何をするのかという問題があります。だれがなるにしても、新しい総統が李登輝の政策をそのまま継承することはあり得ないと思います。具体的には二国論は継承されない可能性があります。もっと中国に対して現実的なアプローチをとって、中国との安全保障をより確保するという政策に転じる可能性があります。連戦でさえ、先ほど申しました通り、戒急用忍政策については調整すると言い切っているわけです。

 また、これは私の本の宣伝になりますが、私は中公新書で書いておいたことがあります。李登輝は本省人・外省人という対立の激しかった時代を生きてきた。外省人にいじめられて生き抜いてきた人だ。その分だけ、外省人に対する反発が強い。すなわち大陸に対する反感が強いということです。

 しかし、宋楚瑜、連戦、陳水扁らは若い。このなかで一番年をとっているのは連戦で、1936年生まれの63歳。一番若いのが陳水扁で、1951年生まれ48歳。宋楚瑜は1942年生まれ57歳です。だれが総統になるにしても、そうした外省人・本省人の対立については李登輝ほど深刻には感じていない世代です。李登輝は228事件で自らの命まで狙われたのだと言います。今の候補者は、そういうことをあまり経験しなかった時代の人で、つまり大陸に対する反感もそれだけ強くなく、より現実的に対応できる人たちなんだと思います。

 一番厄介なのが日台関係です。日台関係は今のような調子ではいかないと思います。日台関係は李登輝が総統になってから、飛躍的に改善しました。中国語よりも日本語のほうがうまい中華民国の総統が今後誕生するはずはないのです。日台関係のなかで李登輝が特に何をやったかというと、ものを書く人たち、学者、マスコミに対する働きかけを非常にうまく行った。具体的にはどういうふうにするか。おいしいものを食べさせることでもない。いいホテルに泊まらせることでもない。学者や新聞記者を手玉に取るにはもっとうまい方法がある。「あなたのものを読んでいますよ」と言えば、それでがっくりいってしまう。私も含めて、それで台湾になびいた人たちが日本にどれだけいたでしょうか。

 ただし、その時代は今年の5月に終わります。たぶん宋楚瑜も、連戦も陳水扁も日本語はしゃべらないはずなんです。そして、もっと大事なこととしては、日本と台湾の経済関係も弱くなってしまうだろうと考えられます。日本と台湾の経済関係は実は、台湾の本省人、日本語を解す世代によって支えられてきた部分が大きいのです。そうした人たちも、しだいに数が少なくなっていく。

 これまでは、それをなおつなぎ止めようという努力がありました。それは台湾の高速鉄道、高鉄と言いますが、ここに日本の新幹線の技術を売り込むということでした。でも、これも5月以降になったら、どうなるかわかりません。いま仮契約をしたと言っても、総統が替わってしまえば、それ以外の選択が出てまいります。

 日本と台湾の間で、一つの時代が終わろうとしているんだ。そして、それは両者の関係において、予想もしなかったようなよい時代であったんだ。つまり、蒋経国のあと、日本と台湾との仲がだんだん遠くなっていくのかと思っていたら、あろうことか、李登輝が総統になってそれを大いに改善してくれた。そして、その時代が終わって、日本と台湾の関係はまた蒋経国の時代のような雰囲気になってくるのかもしれない。そこのところはもはや覆すこともできないし、台湾屋としてはちょっと寂しいなという感じはしないでもないのです。

 質問者A 少し細かい話ですが、軍の近代化というのは、時期区分でいうと具体的にはいつごろからやってきたと言えばいいんですか。

 中川 そういう問題が指摘されるようになったのはこの2、3年だと思います。最初の指摘が具体的にはどういうところから始まったかというと、フランスからミラージュというジェット戦闘機を買いましたが、その価格が異常に高かった。それを追及していくと、アメリカからの飛行機や武器についても異常に高い価格で買っている。そういうあたりをもっと追及していくと、契約した人の責任です。その契約したのは台湾の軍人である。台湾の軍人たちは異常に高い契約をして、密かにその利益を得ていたのではないか。

 もっと具体的には、指摘によると、カク柏村の息子がアメリカのグラマンという会社にいたそうです。そしてグラマンからS2−Tとかという対潜哨戒機を買うときに異常に高い価格であった。これは何かあったのではないか。そんなことが台湾のマスコミで取り沙汰されたことがありました。だから、そうした武器購入問題から、軍が外省人の軍人たちの温床となっているという指摘が一般に出されるようになったんだと思います。

 もうひとつ、これも飛行機の話ですが、中華航空という飛行機会社があります。この飛行機会社が名古屋空港で着陸事故を起こしました。それ以前にも中華航空は香港やら台北空港やらで事故を起こしている。事故の割合は世界で最も高い航空会社です。そして、その実態はというと、退役した空軍の将軍たちが支配権を握っている。軍人に対する追及は、中華航空の事故、それから戦闘機の購入問題をめぐって、2、3年ほど前から台湾の新聞に載るようになりました。そしてそれが、いまお話ししたような具体的なかたちで発表されたのは、李登輝の例の『台湾の主張』という本においてです。

 質問者A 2、3年ということは、96年の台湾海峡危機があって、実際に中国がそれなりの軍事侵攻をするかもしれないという軍事上の必要があるから軍の近代化が必要になったというのではなくて、台湾の国民党のもとでぬくぬくとそうやってきた軍がだらしないというのが出てきたから起こったという、内部事情の要因なのですか。つまり、攻めてこられる可能性が強くなったから弱くては困るというふうになったのか、それよりもとにかく見ていたらだらしなくてどうしようもなというのでなったのですか。

 中川 前者の要因もあるとは思いますが、それといま一つ付け加えると、総統選挙で李登輝が50%以上の票を取った。だから、彼は96年以降はそうした問題について、強いスタンスを取れるようになった、と言えると思います。

 質問者A ああ、そういうことですか。それで、次はやや先の話になるのですが、どなたが次の総統になるかわからない。このプロジェクトの関連で言うと、新しい総統になったときに、政策決定のやり方とかスタイルというようなことは、李登輝総統時代と比べてみると、どんな変化があるという観測をなされているか。

 中川 李登輝のような強力なリーダーシップは不可能だと思います。というのは、いまお話ししたように、3人の候補者たちの支持率がほぼ同じである。だから、だれが当選するにしても、際立って高い票を取って当選できるわけではない。ということになれば、新総統はそうした反対派との融和、反対意見との融和ということを考えながら動かなければいけないことになる。もっとストレートに言ってしまうならば、弱い総統にしかなりようがない。

 質問者A 総統になると、行政院の首相に当たる人を選ぶんでしょう? 憲法はどうなっていますか。

 中川 総統が任命して、立法院が同意する。

 質問者A そうすると、立法院の選挙はこの間あったんでしたか。いつでしたか。

 中川 去年だったと思います。

 質問者A 去年ですね。これの分布はこの総統選挙とはどう関係するんですか。立法院の議員のなかで、宋楚瑜支持の人とかというのはかなりいるんですか。

 中川 記憶だけでお話しますが、立法院で見た場合、あのときは民進党が伸びて、新党が減ったのです。国民党は横ばいか、ちょっと減ったぐらいの状態だったんだと思います。国民党は、議席としては過半数を超えたけれども、獲得した票数では過半数になっていないはずです。

 それで、今度の選挙のときに宋楚瑜に行くのは、国民党のなかで宋楚瑜を支持する人、それから新党の人だろう。あからさまに言ってしまうと、今まで台湾は民主化のおかげで省籍矛盾、外省人と本省人の対立が薄らいできたんだと言われていますが、今度の選挙に限って、省籍矛盾がもろに表面に出てしまっているんです。宋楚瑜を支持する人は外省人、陳水扁を支持する人は本省人。連戦は、お父さんが台湾出身の人で、彼自身は西安で生まれた。外省人でも本省人でもないということは、人に対してエクスキューズするにはいいけれども、支持してもらう立場としてはマイナスになるのではないか。そういう見方があります。だから、外省人の政党である新党はそのまま宋楚瑜の支持に回ってしまう可能性がある。

 質問者A そうすると、宋楚瑜か陳水扁が総統になったら、立法院の過半数を取るのはたいへん難しいということですね。しかし、連戦が総統になったら、新党と民進党を合わせて過半数になりますか。そうすると、宋楚瑜が国民党からどれだけ引っぱがせるかという話でしょう? 連戦は総統になったときに、どのぐらい引っぱがせるんでしょうね。

 それから、これは台湾の政治風土にもよるのですが、総統選挙では宋楚瑜を応援したけれども、総統が連戦になってしまったら、負けたほうにくっついて、いつまでも義理立てして反対、反対と言うよりは、私ももとから国民党だったんだから、国民党でまたやっていきますよと総統のほうに支持が集まるのではないかという感じもするんですが。

 中川 この話は前もしましたが、実際のところ、いま民進党と国民党の政策の違いはほとんどないんです。選挙をする際、総統選ではなく地方での選挙ということだと、自分との関係、利害関係、そんなあたりで投票行動も動くんです。だからこの総統選でも、国民党は今までとにかく執政党だったのだから、連戦に入れるのが手堅い、と言う判断で投票が動くのではないか。だから、連戦が勝つのではないか、と見ているわけです。

 実はわれわれの見ている台湾なるものは、台北市です。せいぜいが高雄をちらっと見るぐらいで、台湾全体を見ているわけではないんです。だから、台湾全体が新総統にどういう反応を起こすかということは皆目見当がつかないけれども、李登輝のような異常人気で支えられることはあり得ない。

 質問者A でも総統というのは議員内閣制の首相ではないから、別に国民が支持していなくても、総統の任期はまっとうできるわけではないですか。そうなると、議会さえ押さえて法律さえ通せれば、その間は好き勝手なことをやっていいという話にならないですか。

 中川 どうなんだろう。法律的には総統は強大な権限を与えられている。しかし、例えば彼が指名した行政院長が立法院の同意を得られないとか、あるいは行政院が提案した法律が立法院を通らないとか、そういうことが折り重なっていけば、しだいに動けなくなる。

 質問者A 要は立法院でどのぐらい支持を集められるかということが重要であって、国民の支持ではないのではないですか。だから、立法院委員の過半数をなんとかして連戦が取れれば、行政院長だって同意してもらえるし、法律だって通るわけでしょう? それに立法院は基本的には任期いっぱいやるんでしょう? そうすると、立法院が成立している間、過半数ぎりぎりでも取れていれば、国民からはいかに3割支持でも、かなり行くのではないかと思うんです。

 たとえば、正確に言えば違うけれども、韓国だって金大中大統領は5割なんて取っていないで大統領になったわけです。それで国会だって、最初は相当ひどかった。それでも結構、大統領になってしまえば、いろいろなことをやる。連戦が総統になったときに、台湾の総統が弱くなるというのは、どうですかね。

 中川 弱くなるという説に固執するのは、今の行政院長、蕭万長という人ですが、立法院で彼の同意を得るのがたいへんだったからです。だから、あれ以上にひどいことになったら、大丈夫かいなと思っているわけです。(笑)

 質問者B はじめの話の最後、米国の対応についてですが、二国論が生まれるまでの過程で、アメリカが中国と台湾に両岸関係をいい加減にどうにかしなさいというふうに働きかけたという話も聞いたんです。アメリカは中台関係をどう規定しようとしているのか。それがまず1点です。もうひとつは中台関係の変化についてですが、各候補が中台関係をこれからどういうふうにしていくのかというところで、中国との安全保障を確認する新政策を打ち出すかもしれないというようなことをおっしゃっていました。それは具体的には、各候補についてどういうような政策があり得るんでしょうか。よろしくお願いします。

 中川 第1の問題は、クリントン大統領の言った例の三つの不支持、三不政策だと思います。三不政策の内容は二つの中国を支持しない。台湾独立を支持しない。台湾が主権国家からなる国際組織に加盟することを支持しないというものです。

 そのままでいけば、「一つの中国」なるものの「中国」が中華人民共和国であると解釈されてしまったら、台湾に残された道は、中国にいつ統一されるか、併合されるかという問題になってしまいます。だから、三不政策に真っ正面から反対しないで、なおかつ台湾の主張なるものをちゃんと行っておかなければいけない。そういうコンテキストで、二国論なるものが出たんだと思います。

 それから第2に、中国との安全保障をいかに確認するか。これは3人とも持っていないんだと思います。ただ、今のままでは今後さらに中国の軍事的脅威を感じざるを得ない。これをなんとか感じないような状態にまで持っていきたい。そのためには、それが本当によい方法かどうかは別にして、実務関係をより深めておく。そうすれば、それがなんらかの保障になるのではないか。そんなふうに考えているんだと思います。

 本当にできるかどうかは別として。というのは、私はできないと思うんです。実務関係をいくら深めたとしても、それは軍事的脅威を押さえ込む手段にはなり得ないと思うんです。目下のところ、3人の人たちが示している対中政策なるものから見ると、どうもそんなところあたりしか発想がいっていないのではないかと思います。

 質問者B 宋楚瑜が30年間の不可侵協定の話を持ち出したのは、どういうことなんでしょうか。何か言わなければいけないから、選挙に向けて言ってみたということなんでしょうか。

 中川 だと思います。だって、彼の任期としても4年間なわけだし、30年の話を持ち出すことは私の理解を超えます。宋楚瑜が台湾で人気が高いのは、台湾の対外関係ではなくて、省長として働いたときの内政的手腕による。手腕というよりも、具体的にはばらまき財政をやった。今まで地方に十分お金が回らなかったところにどんどんお金を付けてあげて、台湾省を潤すようにしたんだ。それで人気が高いんです。

 外交畑での手腕は未知数の状態にあります。彼はそういう職をいまだ経験したことがないのです。せいぜい言うと、蒋経国のときに彼の英語の秘書をやった。英語の通訳をやった。それだけなんだと思います。むしろそういう経験がないからこそ、こういう膨らませた話ができるんだということにもなります。

 質問者B 最後の日台関係の変化というところでおっしゃったと思うんですが、だれが総統になっても日本との経済関係は弱くなる。そうすると、その分、台湾の経済はどこへ向かうことになりますか。

 中川 アメリカと中国だと思います。それから、ヨーロッパ。49年以降今まで、台湾の公共事業で日本が大々的に入ったケースはないんです。もし同じ条件であれば、台湾はヨーロッパあるいはアメリカから物を買ってしまう。そういうことでありました。

 質問者B どうして同じ条件だと欧米なのでしょうか。

 中川 日本からそうしたものが持ち込まれれば、日本との経済関係が高まり、強権時代の話をすると、日本との文化も含まれる。それは本省人たちによりどころを与えることになってしまう。だから、極力日本との接触は避ける。そういう発想があったんだと思います。

 質問者B そういう発想は、本省人と外省人の政治的な区別があまり重要性をなさなくなると重要性を持たなくなってくるんでしょうか。

 中川 と4、5年前までは思ったのです。しかし、今度の選挙で見ると、まだまだこれがそうなるためには時間がかかりそうだなという気がします。

 質問者A 新しい総統のもとだと、ヨーロッパとかもそうだけれども、基本的には対米関係をとにかく再構築しなければいけないという動きになるのではないかという気がするんです。台湾にとって李登輝政権の最大の問題点は、対米関係を目茶苦茶にしてしまったということですね。つまりアメリカのなかで、特に政権に就いている人たちの間に、台湾の政権に対する不信感を著しく強めてしまった。特に李登輝という人は信用できない。そういうパーセプションを作ってしまった。

 もちろん議会のなかには台湾シンパがいるのだそうだけれども、クリントン政権の東アジア関係をやっている人たちはみんな、李登輝というと、ええっ、また、あんなことするのかという、そういう話です。だから、台湾のなかでも共和党の議会に頼る傾向は依然として強いですが、新しい総統になったら、この件は必ずなんとかしなければならない。アメリカとの関係は、議会だけではなくて政権についてもそうです。次に民主党がまた政権を取ったら、今のままでは、台湾にとってはたいへん危ないですよ。だから、対米関係の改善に向かうというのは一つの必然だろうと思います。

(以上)