イスラーム・ジェンダー学の構築のための
基礎的総合的研究

イスラーム・ジェンダー学科研×グローバル関係学科研 企画シンポジウム
「記憶と記録からみる女性たちと30年――装いにうつるイスラームとジェンダー」

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13:00-13:10はじめの言葉、主旨説明
13:10-13:30第一部 『イスラームにおける女性とジェンダー』 読書会
  • 第3部「新たな言説」
    1. 第11章 未来に向けての戦い
      結論
  • レジュメ担当:木下実紀(大阪大学)
13:30-15:00第二部 映像にみる30年
ヴェールをまとい始める女性たち―『Egypt, A Veiled Revolution』1982(26分)
  • コメント(各10分)
    1. 岡真理(京都大学)
      後藤絵美(東京大学)
  • 議論
15:00-15:20 コーヒーブレイク
15:20-17:20第三部 パネルディスカッション「記憶と記録からみる30年」
モデレーター 岡真理
  • パネラー(各10分)
    1. 藤元優子(大阪大学)イラン
      宇野陽子(東京大学)トルコ
      野中 葉(慶応義塾大学)インドネシア
      帯谷知可(京都大学)ウズベキスタン
      山本 薫(東京外国語大学)シリア
  • 質疑応答
17:20-17:30おわりの言葉  長沢栄治(東京大学)

主催:

共催:


開催報告

 過去数十年のあいだ、イスラーム圏と呼ばれる世界の各地域は、激動の中にあった。宗教の政治化や過激派の台頭に加えて、多くの場所で共通してみられたのが、イスラームの意識化や顕在化による日常生活の変化であった。これは、女性やジェンダーにとって何を意味し、またそこに何をもたらしたのか。その背後に、われわれは何を見出すことができるのか。本シンポジウムは、女性の「装い」をめぐる各地の事例を通して、これらの問いの答えを模索するものであった。

 主催したのは二つのプロジェクトの研究グループである。一つはイスラーム・ジェンダー学科研の公募研究会:「砂漠の探究者」を探して―女性たちと百年である。同研究会では、ライラ・アハメドの『イスラームにおける女性とジェンダー』(原著1992年)の再読を通して、ジェンダーをめぐる言説の変化についての考察を行ってきた。もう一つは、新学術領域研究グローバル科研B01班「規範とアイデンティティー」である。装いと規範というのが、グローバルな関係性を複数のシンボルに着目しつつ検討する同研究班の主題の一つであった。

 今回のシンポジウムでは、アハメドの『イスラームにおける女性とジェンダー』の最終章で象徴的意味が見出されていた女性たちの新たな装い(=ヴェールの着用)に注目し、それをめぐるジェンダー言説のありようをイスラーム圏各地の過去30年のあいだの女性たちをめぐる事例から浮かび上がらせるという作業であった。記憶と記録というタイトルは、「記録」されていないもの、印象やイメージも含めたものも、「記憶」として語ることを許容するという意味である。通常、記録されたものを根拠に語るのが研究者であろうが、それを一歩はみ出すことによって、さらに多くのものを掬い取り、思考を深めていきたいという意図であった。

 9名の登壇者と、60名ほどの参加者を得て、会は大いに盛り上がった。両科研のプロジェクトに参与し、今回も遠方より参加してくださった岡崎弘樹さんに報告の執筆をお願いし、以下の報告文をいただいた。これを通して少しでも多くの方々が当日の雰囲気を味わい、また、今後の議論への参加を決意してくだされば幸いである。

[以上報告、後藤絵美]

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 第一部で、冒頭に岡氏は、ライラ・アハメド著『イスラームにおける女性とジェンダー』がイスラーム世界おける女性解放の歴史を古代オリエントから1980年代に至るまで包括的に論じた画期的著作であったものの、初版後30年を経た現在の研究水準からするとさまざまな問題を抱えていると指摘した。特に近代以前の記述についてアハメドが専門家ではないため、二次資料に頼った研究となっており、この30年間で専門的な見地からさまざまに批判的な再検討が加えられてきた。また1980年代までの内容で記述が終わっているために、今後も当著作の問題提起を受けた上での後続的、批判的、建設的な研究が蓄積される必要があると、岡氏は強調した。

 この説明を受けた後に、木下氏は当著作の最終章である第10章「未来に向けての闘い」の内容を要約した。20世紀半ば以降のエジプトでは女性の教育機会の拡大や労働市場への参加が相次ぐ一方で、農村部では教育機関が充実しておらず、また全国的な人口増加による非識字率が低下しないといった課題などが残った。さらに1967年におけるアラブの敗北は、イスラーム主義を活発化させる契機となり、ムスリム同胞団の出版物が広く読まれるようになる中、カイロなど主要都市の大学生らがヴェールをまとうようになる。とりわけ、新興中産階級の特に下層の出身者で、両親の教育程度が概ね低い家庭の出身者が、イスラームの信奉者になる場合が多いといった点も重要である。こうした諸論点を挙げつつ、木下氏は、アハメドが革命後のイラン女性を否定的に描いている点については、進学率や女性の装いの多様性からしても一面的な理解に留まっていると批判的に分析した。

 第二部では、「映像に観る30年」と題し、『ヴェールをまとい始める女性達』(Egypt, A veiled Revolution)を上映。当映画は1980年代前半にヴェールをかぶり始めた女性が増える一方で、西洋化された服装にこだわる都市女性や、依然としてヴェールをかぶることに躊躇している女性にも注目していた。躊躇している女性は「まだ自分はその信仰の次元に達していない。一度かぶった後に、脱いだのであれば二重に罪深い」と主張した。当映画の上映後に、岡氏は、1982-83年に1年3ヶ月間カイロ大学に留学した際にはヴェールをかぶっている者は少数派であり、かぶっていたとしても伝統的なイスラーム衣装と合わせた着こなしであったとの回想を提示した。

 またアハメドが指摘したように、地方出身の新興中流階級出身者、すなわち貧しくもなければ、豊かでもない、特別容姿に恵まれているわけでもなければ、学業的に秀でたわけでもない女性がヴェールをかぶる場合が多かった印象があったと述べた。また大卒女性が世俗に溺れ、賄賂や腐敗に染まっていく姿を描いたユーセフ・イドリースの『恥辱』という小説とは異なり、実態としてはヴェールをまとい、腐敗した社会と一線を画す方向に向かった点は重要であるとも指摘した。いずれにせよ、現在のカイロ大学は多数の女性がヴェールをまとっているものの、それにカジュアルな上着とジーンズを合わせるというファッションが支配的だと、岡氏はコメントした。

 続いて後藤氏は、イラン留学を経て2003年にカイロに留学した際、高級住宅地ザマレク地区の路上で人々が礼拝する姿を目撃し、2000年代以降の宗教心の高まりを感じ取ったと回想した。その上で、「女性の自立や平等について、西洋のフェミニストや西洋と結びついたフェミニズムの言葉を使わずに語ることができるかもしれないといった可能性については、今まで一つも研究されてこなかった」というアハメドの指摘に影響を受け、当書を読み込んだと発言した。イスラームが一面的に理解される動きの中で、ヴェール現象の30年間を省みることで記憶されない多様性を理解したいと訴えた。

 以上を踏まえ、フロアと発表者の間での議論が行われた。(1)「神のためにヴェールをまとう」と言う表現が聞かれるが、それについてはタテマエの面もあり、個々人のアイデンティティーやPTSDなど複雑な要素を考慮しなければならない、(2)宗教に入れ込む人の階層が上がってきている、(3)信仰がある一定に達したときにヴェールをまとうが、もはや後戻りできない不可逆性がある、(4)ヴェール問題を取り上げること自体がヴェール現象に囚われすぎ、別の文脈や背景への視点が欠けてしまう、(5)ヴェールそのものが資本主義化、商品化の対象となっているといった論点が挙げられた。

 第三部では、各地域の専門家による実例報告が行われた。

 藤元氏は、イラン革命を経た1980年にヴェール着用が法律面で義務化されたとはいえ、女性達は「義務」に対する違和感をさまざまな形で表明してきたと言及した。その事例として肉食系「豹娘」現象や「白い水曜日運動」などを取り上げた。

 宇野氏はトルコにおける世俗的、現代的な女性が結婚後に夫の家族の習慣としてヴェールを強制されたものの、そもそも姑が舅から愛されておらず家庭的、心理的な問題もからんでいるといった記事を紹介した。

 野中氏はインドネシアにおいて1980年代に高学歴層の女性が自覚的に伝統的な「クルドゥン」とは異なる「ジルバブ」と言われるヴェールをかぶりだしたが、やがて2000年代にはよりカラフルでファッション化した「ヒジャーブ」に変わっていったと論じた。

 帯谷氏はウズベキスタンにおける1920年代のヴェール根絶運動から、ポスト社会主義と権威主義とイスラーム復興が交錯する現在に至るまでの実情を紹介した。その際、近年ではおしゃれな外出着として流行した「ヒジョブ」が「悪いヴェール」として厳しく取り締まられた経緯があったが、2016年の政権交代以降、許容範囲が広がる可能性も出てきていると論じた。

 最後に山本氏はシリアにおける権威主義体制下での1981年の「ヒジャーブ引きはがし」事件が最近になってようやく文書として多数記録されるようになり、米国に亡命したシリア系女性作家も英語の小説で当事件に言及するようになったと指摘した。

 その後フロアとともに最終的な議論が行われ、(1)ヴェール現象が高学歴化の原因や、(2)ヴェールの強制は実際の現場では男性ではなく周りの女性によってなされる、(3)信仰を深めるといっても結局画一化されたヴェールのあり方に流されていくといった問題などが取り上げられた。

 以上の議論を踏まえ、最後に長沢氏は、ヴェール現象の30年、さらに1967年におけるアラブの敗北からの流れとして捉えると、半世紀という時の流れの中での移り変わりを考慮する必要があるとのコメントを寄せた。その上で、昨今では資本主義下において毎年のように「差異」のみを際立たせることで成り立つ流行やファッション、商品化の問題とからめて議論していく必要があると指摘した。

* * *

 アハメドが指摘した通り、アラブ・イスラーム世界における女性解放はその当初から完全に自律的であったとは言えず、その先駆者らは「西洋」という植民地主義権力側の武器をとって自らの男尊女卑社会と戦っているうちに、自分たちのアイデンティティー基盤を見失いがちであった面は否定できない。こうした先駆者らは今回視聴した映画でも英仏語で流暢に発言し、また1970年代にいたっても多くの都市女性はミニスカートや西洋風のブラウスを好んで着用していた。その一方で、1980年代以降に改めてヴェールをまとう者が徐々に増えたことは、エスタブリッシュドされた(伝統として定着してきた)アイデンティティー基盤の確認という点で必然的な現象であった。

 とはいえ、今回のシンポジウムでは、各国においてヴェール現象の文脈や原因があまりに異なることが明確に示された。シリアやエジプトでは抑圧体制下に置かれた社会における対抗イデオロギーとしてヴェール化がみられた一方、インドネシアにおいては民主化や自由化の最中に特に高学歴層からヴェール現象が広がった。他方、イランでは国家によるヴェールの強制があるにもかかわらず、自由を希求する女性達は、したたかなまでに多様な装いにこだわった。

 結果としてヴェール化、イスラーム化が生じているとはいえ、信仰心の問題に留まらず、個人的な心理状況に加え、資本主義下で操作される流行的な要素も入ってくるとなると、その複雑な現象は社会・人文科学の問題としても扱いづらいし、安易な図式化を拒んでいる。その意味で、ヴェール現象の30年間を追うことで、記憶に留まらない多様性をまず記録していくことは重要である。

 しかしフロアからの指摘があった通り、ヴェールはあくまで現象であり、現象を追うことは可能であっても、それに囚われすぎると問題の本質や認識になかなかたどり着けない面もある。現象の後追いに留まらず、宗教的、政治的、社会的、経済的な因果論とからめつつも、「装いの変化が果たして女性自身の自由で充実した生、あるいは解放につながっているのか」といった点も含めて、懐疑と尊重の双方のまなざしをもって、理解と分析を深めていくことが必要だと感じた。

[報告:岡崎弘樹(中部大学)]