イスラーム・ジェンダー学の構築のための
基礎的総合的研究

「イスラーム・中東における家族・親族」第5回

IG科研の公募研究会「イスラーム・中東における家族・親族」の第5回集会として、本研究会幹事の竹村が発表を行います。

 今回の発表では、現代エジプトのワクフ(イスラーム的寄進制度)法制の中で「家族」に与えられた役割や権利が、実際の「家族」関係にどのような影響を与えたのかを、ある訴訟の判決文を資料として考察します。

  現代エジプトのワクフ法制においては、1952年法律第180号によって「家族ワクフ」、すなわちワクフ設定者の家族や子孫を受益者とするものは廃止され、「慈善ワクフ」、すなわち貧者や困窮者などを受益者とするもののみが有効とされています。同法の施行により、「家族ワクフ」に供されていた財産は、ワクフ設定者が生きていれば本人に、死んでいれば、受益者や設定者の相続人に渡ることになりました。これをきっかけに多くの「財産争い」が生じたといわれますが、私的な問題であることから詳細は明らかにされていません。

  今回の発表では、こうした「財産争い」訴訟の一つを取り上げます。これは、廃止された家族ワクフの財産分配請求を発端に始まった訴訟が、途中で1952年法律第180号の第3条が違憲だとする主張になり、最高憲法裁判所に上訴された結果、実際に違憲判決が下されたため、判決文から元の訴訟の事情も明らかになったものです。ワクフ設定者の名をとって、「フサイン・ジャーウィーシュの子孫による家族ワクフ訴訟」と仮に呼ぶこの訴訟を通じて、「家族ワクフの廃止」がある「家族」にもたらした結果とその含意について考えていきたいと思います。

  なお、本研究会は、IG科研の主旨に則り、同科研のメンバーのみならず、これに関わりのない研究者や一般の方々にも広く開かれています。たまたまエジプトを専門とするメンバーが中心となっていますが、他地域や他分野の研究者、または、より広く「イスラーム・中東における家族・親族になんとなく関心がある」方々のご参加を熱烈歓迎しております。会場準備や道案内のため、本研究会に初めてご参加される方は、IG科研事務局(islam_genderアットioc.u-tokyo.ac.jp、アットを@に直してください)までご一報くださると助かります。飛び入り参加でも大丈夫です。

(研究会幹事:竹村和朗)

開催報告

 2017年11月18日、東京大学東洋文化研究所で、「イスラーム・中東における家族・親族の再考」研究会の第5回研究会が開催され、竹村和朗氏(日本学術振興会特別研究員PD、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)が「現代エジプトのワクフ法制における「家族」:フサイン・ジャーウィーシュの子孫による家族ワクフ訴訟から」と題する研究発表を行った。

 はじめに、発表では、「家族ワクフ」を視点として「家族」を国家との関係から考える可能性が説明された。「家族ワクフ」は、かつて均分相続による財産の分散を防ぎ、財産を集中させるために特に19世紀以降利用されてきたが、1952年に突然廃止されることとなった。以降、「終了したワクフ」をめぐって、実際の返還や分割に関わる争訟が利害関係者間で起こるようになった。

 事例では、この廃止に伴い「家族ワクフ」の受益者から当初外れた者たちが、ワクフが終了し、返還された財産の権利を主張し、受益者を訴えたミニヤ県での訴訟の判決文を扱った。ワクフ関連法制は、ワクフ規定から「家族ワクフ」廃止、その後の処理までの流れが、事例の背景として説明された。また、判決文には原告と被告双方の名前が列記されているため、エジプトでみられる個人名・父の名・祖父の名という名前の構造から、家系図の復元が発表者によって示された。この家系図と法律条文の解釈、判決文の全訳を用い、「家族ワクフ」の財産分割に関する権利者間の位置づけとワクフ設定の経緯が説明され、1928年に死亡した男性が設定したワクフをめぐって権利を主張する者たちから、「家族」とは何かが検討された。

 結果として、「家族ワクフ」にみえる「家族」とは、単に設定者である故人の父系に連なる者たちだけでなく、故人の娘の夫や孫娘の子どもたちも母親を通じて権利を主張しており、具体的な相続を通じた者たちによった広い関係性で成り立っていることが明らかになった。検討課題として、資料的制約から、この判決を受け、実際にどのような財産分割が行われたか、またこの訴訟に加わらなかった者、原告と被告間の姻戚関係など書かれていない情報があるかは、明らかにならなかった。だが、この点は、会場から利害関係の発生する訴訟を扱うときの匿名性の担保への指摘もあったが、将来的なフィールドワークや補足資料などで埋め合わせる発展可能性が言及された。

 最後に、報告者は、発表を拝聴し、「家族ワクフ」そのものが家族をどのように設定してきたかと共に、「家族ワクフ」の廃止から、家族の財産管理に国家が介入し、相続が家族内で管理できず、相続権を持つ人間が裁判制度によって財産を請求してしまう点に興味を覚えた。「家族」の枠組みが家族内だけでは決められない点に、「家族ワクフ」をめぐる争訟の魅力があるのではと感じた。

 (文責:岡戸真幸)