イスラーム・ジェンダー学の構築のための
基礎的総合的研究

公開セミナー「イスラーム世界の結婚最前線」

世界の中のイスラーム教徒の多様な結婚の実態をご紹介します。また、これまでに見られなかった新しい婚姻の形態も現れており、それが生まれる社会的背景などもご紹介します。イスラーム世界に生きる女性たちの多様な結婚や離婚の実態に触れてみませんか。

開催報告を掲載しました!

【プログラム】

13:30開場・受付開始
14:00挨拶: 長沢栄治
趣旨説明: 森田豊子
14:05 - 15:20発表(1人20分)
  • 竹村和朗(日本学術振興会特別研究員PD)
     「現代エジプトにおける結婚の手続き」
  • 嶺崎寛子(愛知教育大学社会化教育講座准教授)
     「離婚と結婚をめぐるいざこざ-エジプトのムスリム(イスラーム教徒)の場合」
  • 山﨑和美(横浜市立大学学術院国際総合科学群人文社会学系列准教授)
     「イランにおける結婚と離婚」
  • 大形里美(九州国際大学国際関係学部教授)
     「インドネシアにおける一夫多妻婚、秘密婚、異教徒間の結婚について」
15:20 - 15:30休憩
15:30 - 15:50コメンテーターからのコメントと質問と回答
  • 阿部尚史(東京大学中東地域研究センター特任助教)
  • 田中友紀(九州大学大学院比較社会文化学府博士後期課程)
15:50 - 16:10モデレーターからの質問と回答
  • 田村慶子(北九州市立大学法学部教授)
16:10 - 17:00全体討論・質疑応答
17:00 - 20:00懇親会
主催: 科学研究費基盤研究(A)「イスラーム・ジェンダー学の構築のための基礎的総合的研究」(代表:長沢栄治)
  アジア女性交流・研究フォーラム(KFAW)
  KFAWアジア研究者ネットワーク

【報告者およびコメンテータープロフィール】

田村慶子:
北九州市立大学法学部教授。専門:国際関係論、東南アジア地域研究、ジェンダー研究、学位:博士(法学)。主要著書:『シンガポールの基礎知識』(単著、めこん、2016年)、『多民族国家シンガポールの政治と言語―「消滅」した南洋大学の25年』(単著、明石書店、2013年)、『シンガポールを知るための65章』(編著、明石書店、2016年)、『東南アジア現代政治入門』(代表編者、ミネルヴァ書房、2011年)など。論文では「台湾とシンガポールにみる性的マイノリティーの人権と市民社会」『アジア女性研究』(第26号、2017年3月)、「移民・ジェンダー、NGO-シンガポールの政治変動」『地域研究』(第15巻1号、2015年4月)など。
竹村和朗
日本学術振興会特別研究員PD(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)。2015年東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程満期退学、2017年博士号取得。エジプトには2002~5年、2009~12年にかけて留学。主要著書:「現代エジプトのファラハ:ブハイラ県バドル郡における結婚の祝宴の報告」『アジア・アフリカ言語文化研究』(91号、2016年)、『ムバーラクのピラミッド—エジプトの大規模沙漠開発「トシュカ計画」の論理(ブックレット《アジアを学ぼう》別巻7)』(風響社、2014年)など。最近は、現代エジプトにおけるワクフ(イスラーム的宗教寄進制度)を主題に、国家の法と人々の暮らしの関わりについて研究している。
嶺崎寛子
愛知教育大学社会化教育講座准教授。専門:ジェンダー論、文化人類学。主要著書:『イスラーム復興とジェンダー―現代エジプト社会を生きる女性たち』(昭和堂、2015年)で第10回女性史学賞、第43回澁澤賞を受賞。共著に『宗教とジェンダーのポリティクス』(昭和堂、2016年)『中東・イスラーム研究概説』(明石書店、2017年)など。母方祖父が熊本県の出身で、九州人の血が4分の1流れている。しかし、九州上陸はこれが2度目。
山﨑和美
横浜市立大学学術院国際総合科学群人文社会学系列准教授。2008年東北大学国際文化研究科博士後期課程修了(博士号:国際文化)。東北大学専門研究員、公益財団法人中東調査会研究員、青山学院大学・駒澤大学非常勤講師などを経て、2014年4月より現職。主要著書:「『セディーゲ・ドウラターバーディー作品集:女子教育推進に尽力した近代イランの女性知識人と社会の反応」柳橋博之編『イスラーム 知の遺産』(東京大学出版会、2014年)、「慈善行為と孤児の救済:近代イランの女性による教育活動」沢山美果子・橋本伸也編『保護と遺棄の子ども史』(昭和堂、2014年)、「女子教育と識字:「近代的イラン女性」をめぐる議論とナショナリズム」『歴史学研究』(873号、2010年)など。
大形里美
九州国際大学国際関係学部教授。1987年から、インドネシアのイスラームについて研究を続けている。これまでの研究分野は、インドネシアのイスラーム教育、婚姻法、民主化運動とジェンダー主流化など。主要著書:『現代インドネシアを知るための60章 』(共著、明石書店、2013年)。「インドネシアのイスラミック・ファッション業界とイスラーム思想」『インドネシア ニュースレター』(No.89、2015年)他、市民向けのニュースレターなどにも数多く寄稿。
阿部尚史
東京大学中東地域研究センター特任助教。専門:イラン史、中東家族史。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。テヘラン大学人文学部に留学(2003-06)。日本学術振興会特別研究員 PD、ハーヴァード大学中東地域研究センター訪問研究員、東京大学大学院総合文化研究科・特任研究員を経て、現職。主要著書:「ムスリム女性の財産獲得―近代イラン有力者家族の婚姻と相続」水井万里子他編『女性から描く世界史― 17~20世紀への新しいアプローチ』(共著、勉誠出版, 2016年)や “The Ambivalent Position of the Landlord: A Dispute over Ownership of an Iranian Village in the 19th Century,” Islamic Law and Society 23 (2016)など。
田中友紀
九州大学大学院比較社会文化学府博士後期課程在学中。ならびに公益財団法人・中東調査会協力研究員。2008年オーストラリア国立大大学院修了(修士号:国際情勢)。専門:リビアおよびマグレブ諸国の政治、体制研究。今まで、リビアのカッザーフィー(カダフィー)体制の長期存続の要因について研究を行ってきた。主要著書:「現代リビア政治における「部族」と「地域」―カッザーフィー政権移行期の支配アクターに着目して―」『イスラーム世界研究, 京都大学イスラーム地域研究センター(第 10 号, 2017 年3 月)など。近年では、カッザーフィー政権下のジェンダー規範にも着目して分析を進めている。下関市生まれ、北九州市門司区在住。
森田豊子
鹿児島大学グローバルセンター特任准教授。専門:国際関係論、イラン地域研究。主要著書(いずれも共著):『国際関係論の生成と展開』(ナカニシヤ出版、2017年)、『国際関係のなかの子どもたち』(晃洋書房、2015年)、『現代アジアの女性たち-グローバル化社会を生きる』(新水社、2014年)など。母親が鹿児島出身、自身も15年以上鹿児島在住だが、大阪生まれ大阪育ち。

開催報告

本セミナーでは、冒頭に堀内光子・アジア女性交流・研究フォーラム理事長より、オスマン帝国のウィーン包囲を機に広まった「ウィンナ・コーヒー」の事例から、東西の衝突と交流の歴史の中で育まれてきた文化、その背景にある宗教、イスラームについて理解することの重要性についてお話があった。次いで長澤栄治・東京大学教授が、アフガニスタンの地域的習慣により使用されてきた「ブルカ」を女性抑圧の象徴として、アメリカ主導の有志国軍によってターリバーン攻撃の正当化の根拠の一つとして利用されたことを挙げ、イスラームとジェンダーを結びつけることによって、中東イスラーム地域の様々な事象がイスラームを原因としているのか、あるいは、政治利用や地域の習慣、権力関係の維持に基づいているのではないか、本源的な理解を進めるというイスラーム・ジェンダー科研代表の目的を紹介した。そして、本セミナーのコーディネーター役を務めた森田豊子(鹿児島大学)氏が、日本近代の女性運動において歴史的な役割を果たしてきた北九州の地で、アジア女性交流・研究フォーラムとの共催で、イスラーム・ジェンダー科研公開セミナーが開催できたことの意義を述べ、結婚という身近テーマを通して、中東やイスラーム世界の人々を遠い存在ではなく、共通の喜びや悩みを抱えていることを理解して欲しいと、セミナーの主旨を説明した。

エジプト、イラン、インドネシアにおける結婚と離婚の実態を、各専門家より約20分の報告後、聴衆を交えて活発な質疑応答と議論が展開された。最初に、竹村和朗(東京外国語大学)氏が、現代エジプトの結婚を法制度と慣習の両面から、現地調査の映像を交えて報告した。イスラーム法(シャリーア)に基づいて婚姻契約を締結し、その契約は法務省管轄下の裁判所や不動産登記局に登録されることで、近代化が進められてきたが、エジプトの庶民の間では、宗教に基づく婚姻制度への当局の介入を嫌い、婚姻公証人(マーズーン)の下で婚姻契約を結びつつも、当局に届け出ない「ウルフィー(慣習)婚」が増加している点と、婚姻を公けにする披露宴が拡大し、費用負担が重くなっている現象について指摘された。

嶺崎寛子(愛知教育大学)氏より、「離婚と結婚をめぐるいざこざ-エジプトのイスラーム教徒の場合」のテーマの下、夫が三回、妻に離婚を通告したら、離婚が成立するというイスラーム法の原則を逆手にとって、妻が離婚の権利を獲得しようとしたり、一時の感情に任せて離婚を通告した夫の窮状を救う法解釈がなされたりするなど、エジプトにおいて夫婦の実情に合わせて柔軟に離婚紛争を穏便に解決する工夫がなされていることが、イラストを使って分かりやすく紹介された。

山崎和美(横浜市立大学)氏によれば 、イランでもイスラーム法に則った婚姻契約を締結し、役所(婚姻登録所)に届け出る形になっているが、近年、女性の高学歴化・就業率向上に伴い、結婚と離婚が変容し、多様化しているという。例えば、女性の晩婚化や、「白い結婚」あるいは「黒い同棲」と呼ばれる婚前同棲の増加、一時婚を利用した「自由恋愛」とその弊害、離婚時に「後納の婚資金(マフル)」が払えず、投獄される男性の続出といった、イスラームの枠だけでは説明しきれない、人々の意識やライフスタイルの変化を背景とする最近のイランの離婚・婚姻事情について紹介がなされた。

大形里美(九州国際大学)氏は、「インドネシアにおける一夫多妻婚、秘密婚、異教徒間の結婚について」 概観した。インドネシアでは、中東よりも比較的緩やかなイスラーム社会と認識されてきたが、1970年代以降のイスラーム復興現象により、スカーフ着用者の増加やモスクの急増など、人々のイスラームへの関心が急速に高まり、サラフィー主義者の社会での影響力も高まった。サラフィー主義者は一夫多妻に肯定的ではあるが、第一夫人の許可など一夫多妻を制限する法律の要件があるため、政府に届け出ないが、宗教的には合法な「秘密婚」をすることで、一夫多妻婚が横行しつつあるとの現象が紹介された。また、1974年の婚姻法で異教徒間での婚姻が不可能になったため、婚姻のために改宗する者が多いという他国とは異なる改宗(棄教)の自由という制度がある点が指摘された。

コメンテーターの 阿部尚史(東京大学)氏より、イスラームにおける婚姻は「夫による婚資の支払義務と、妻が夫に対して負う服従義務が対価関係に立つ有償契約」で、父子関係の確定を重視するため、ムスリムの男女の間の交流が厳しく制限されているといった基礎的な知識が説明された。各国で共通するテーマとして、イスラーム法が近代的に解釈され制定法として成立するものの、イスラーム法的規範や人々の実践とのズレが各国で起きていること、また、各国でシャリーアの解釈が少しずつ異なる点や、自由恋愛、売春や一夫多妻婚など社会的に非難されがちな男女の関係を「一時婚」や「秘密婚」という宗教的な定義で正当化している点が興味深い点として指摘された。

田中友紀(九州大学)氏より、各報告者にウルフィー婚の位置づけ、女性の離婚権がないことに対する不満がないのかどうか、イランで婚前の同棲を社会でどのように見られているか、インドネシアで秘密婚で生まれた子供の権利について質問がなされた。竹村氏より、エジプトでマズヌーンと呼ばれる婚姻公証人は政府に公的に認められた職業であるが、公職者のマズヌーンが立ち会いつつも、政府に届け出ない婚姻(ウルフィー婚)が実践されている点がエジプトの結婚をわかりにくくしており、人々は法律婚(政府への届け出)よりも、シャリーア婚(宗教儀式に則った婚姻)を重視する傾向にあると述べられた。嶺崎氏より、2000年の法律改正により、後払いのマフルの権利を放棄すれば、女性からの申し立てで離婚できる「フルウ離婚」が正式にできるようになったことが述べられた。山﨑氏によれば、未婚の同棲は都市の世俗的で改革派の中流以上の家庭の子女の間で流行しているが、社会の大半は批判的との見解が示された。大形氏より、秘密婚で生まれた子供の権利は十分に保障されず、多くの問題があること、「秘密婚」を実施していた有名宗教指導者が世間の批判に晒された事例が紹介された。

また、会場の参加者より、女性の経済的な自立が婚姻や離婚における女性の立場に変化を与えているか、イスラーム諸国でDVは存在するか、その場合には、イスラーム法ではどのように扱っているかとの質問がなされた。これに対し、エジプトでは経済収入のある女性は家庭内での発言権が強まる傾向があり、また、夫の収入が少ないため、妻の就労を期待する家庭が増えていると回答された。イランでも、女性の経済的自立が女性の結婚相手に求める条件を厳しくし、さらに晩婚化を進めていること、インドネシアでは、多くの女性(特に上流階級)が役職についており、就業率も高いと説明された。エジプトとイランでは、DVは女性から離婚を申し立てる重要な根拠となりえること、一般的にDVを否定的に捉えられており、イスラーム宗教指導者や親族が当事者に訓諭して解決しようとする傾向があるとの回答があった。

モデレーターの田村慶子(北九州市立大学)氏より、日本においてイスラームへの偏見をなくすためにどうすべきかとの問いかけに対し、各報告者は、モスクを訪問したり、ムスリムと触れ合ったり、映画や本を読んで理解しようとしたりすることで、イスラームをより身近に感じ、ムスリムも共通の悩みや喜びを抱えていること発見できるだろうという点を強調した。また、メディアにおいてイスラームに対してネガティブな報道が多い点、誤解された情報が報道されている点が研究者として克服すべき課題との見解が示された。

台風の中にもかかわらず、約40名の参加者に恵まれ、会場は、時に笑い、時に驚きに声にあふれ、非常に熱気にあふれた会となった。最後に、参加者の方より、イスラームという遠いと思われながらも、現代社会を生きる上で非常に重要な宗教について、結婚という身近なテーマから理解する、このように非常に有意義なセミナーに、より多くの人々が参加できるよう、大々的に宣伝し、もっと大きな会場で実施した方が良かったのではないかとのコメントを頂いた。今回、イスラーム・ジェンダー科研と、アジア女性交流・研究フォーラムが北九州で開催する初の試みであり、手探りの状態であったが、受け入れ準備を整えて下さったアジア女性交流・研究フォーラムの皆さまのご尽力のおかげで、参加者から確かな手ごたえを得ることができ、今後も交流を続けて行くことは有意義との感触を持つことができた。

(文責: 貫井万里)