イスラーム・ジェンダー学の構築のための基礎的総合的研究

日本学術振興会科学研究費 基盤研究(A) 
研究代表者:長澤榮治  

2017年2月の活動報告

「開発とトランスナショナルな社会運動」第3回研究会が開催されました

プログラム

14:00-15:00報告1 イラン政治の保守化と変容する家族と結婚制度
報告者: 中西久枝(同志社大学)
<要旨>
ハタミ政権下で進展した女性関連立法は女性の家族と結婚に関わる権利を拡大したが、 その後の政治の保守化はイラン女性の権利にいかなる影響を与えたのか、女性の家族 と結婚に関する意識の変化について最近の研究動向を紹介しつつ、今後の研究課題を 整理する。
15:00-15:15休 憩
15:15-16:15報告2 V. Moghadam Globalization and Social Movementsを読む
報告者: 鷹木恵子(桜美林大学)
<要旨>
本研究会を立ち上げるにあたり、参考にしたV.モガッダムの以下の著書について、特に 第5章 Feminism on a World Scale を中心に報告する。またそれとの関連で、女性に関 わる地中海諸国でのトランスナショナルな社会運動の具体的事例を幾つか紹介し、その 意義について考える。
Valentine M. Moghadam, 2013 Globalization and Social Movements: Islamism, Feminism,and the Global Justice Movement (2nd edition). Lanham: Rowman and Littlefield Pub.INC.
16:15-17:30質疑応答と総合討論など
18:00-20:00懇親会

開催報告

 最初の報告は、中西久枝氏により「イラン政治の保守化と変容する家族と結婚制度―保守派の台頭と市民社会の「ジェンダー平等」をめぐる言説と社会運動―」と題して行われた。イランは1979年のイラン・イスラーム革命後、家族及び結婚に関する女性の権利が後退し、それを回復する努力が女性NGOや女性活動家たちのネットワークによって展開されてきた。一般には、政治が保守化した時期には女性の権利はより制約がかかると指摘されてきたが、実際には、政治の保守化による女性の権利への抑圧的な立法に対抗して、アフマディネジャド政権期に見られたように、「100万人署名運動」のような社会運動がおこった。この運動は1980年代、1990年代とは異なり、新中間層が中心となり、政治思想や社会階層を超えた広がりを見せた。また、この運動で女性たちが要求したジェンダー平等の精神を貫こうとする各要求項目は、その後法案改正の動きを生み出し、女性の権利の再拡大が一部見られたものの、ジェンダー平等的な社会の設立への希求は運動として地下活動化した。他方、100万人署名運動は、2009年の大統領選挙の不正疑惑に対する数百万人規模の票の数え直し運動(「緑の波」あるいは「緑の運動」)という形で、市民の本質的なレベルでの政治参加を希求する運動として継承された。また、現政権樹立後は、女性の副大統領がグローバルな規範としてのジェンダー平等をSDGsから引き出し、国家目標として推進する新しい動きがある。これは、90年代までのイスラーム法の再解釈から女性の権利を人権として捉えるアプローチとは異なる。また現政権下で復刻した女性雑誌ザナーンは、婚姻関係によらない男女の同棲の実態を描くなど、イランの現代社会が革命以来急速に変化したことを提示することで、イスラーム体制への新たな挑戦を行っている。出席者からは、報告で事例として取り上げられた「白い結婚」(事実婚)や交通事故死の際の保険支払額の男女同額化に関する法案などについて質疑やコメントがあった。

 二番目の報告は、本研究会立ち上げに際して参考にしたV.モガッダムの著書Valentine M. Moghadam, Globalization and Social Movements: Islamism, Feminism,and the Global Justice Movement (2nd edition). 2013, Lanham: Rowman and Littlefield Pub.INC.について、鷹木恵子から「第1章 社会運動と現代政治」「第5章 世界的スケールにおけるフェミニズ」を中心に内容紹介と解説がなされた。まずイラン系アメリカ人社会学者でジェンダー・ポリティックスやジェンダーと開発などを専門とする、現在ノースイースタン大学教授のV.モガッダム氏のプロフィール紹介の後、第1章の内容として、グローバル化と社会運動との関連性を、世界システム論とフェミニズムの視点から分析考察するという本書の理論的枠組みについて解説がなされた。それを踏まえて、本書での三つの事例、イスラミズムとフェミニズムと社会公正運動のうち、第5章のフェミニズム運動について、特に新自由主義経済のグローバル化と関連させて分析考察されている内容が多数の事例と共に紹介された。出席者からは、世界システム論の捉え方では国家単位での検討がなされない点やまたイスラミズム運動のグローバル化とユニヴァーサル化の違いについての有益なコメント、さらに社会運動についての実際の調査研究に伴う諸課題などについての議論がなされた。以上の二つの報告にはイランという点での共通点もあったことから、総合討論では双方に関連する活発な質疑や議論が交わされた。


「国際ジェンダー規範とイスラーム」 第1回研究会が開催されました

  • 日時: 2017年2月24日(金曜日) 15:00~18:00 
  • 場所: 東京大学東洋文化研究所 3階 第1会議室

「国際ジェンダー平等規範と国際関係におけるイスラーム」

発表者:本山央子(お茶の水女子大学博士後期課程)

1970年代以降、国連において強化されてきた国際的なジェンダー平等規範は、世界各地で女性たちが保守的ジェンダー規範や権力構造に抵抗し、権利をかちとるうえで重要な資源となってきました。しかし同時に、国際ジェンダー規範がイスラーム世界を他者化し介入するための道具になっているとの批判もなされています。こうした傾向は、特に「対テロ戦争」以後顕著になっています。

そこで本研究会では、「普遍」に対するイスラームやムスリマの構築とジェンダー、またイスラーム社会における国際ジェンダー規範への反応を検討し、イスラームとの関係から国際ジェンダー規範とグローバルガバナンスのあり方を批判的に問い直しました。

なお、「イスラームとジェンダー」科研全体での子連れ研究会参加の通常化に向けた取り組みを受け、本研究会参加におきましても、子連れでの参加を歓迎いたします。今回は同じ階で別室を設けることは難しいのですが、別部屋を用意するなどの対応に努めます。お子様連れでのご参加を希望される方は、できるだけの対応に臨むため、前もってご一報いただけますと助かります。


公募研究会「イスラーム家族・女性関連法の運用実態の研究」 第2回が開催されました

  • 日時 2017年2月13日(月) 17:00~19:00
  • 場所 東京大学東洋文化研究所 3階 大会議室
  • タイムテーブル
17:00-17:10研究会の趣旨説明および報告者紹介
17:10-18:10講演 "Islamic Family Law in Contemporary Iran"
サハル・マランルー(オクスフォード大学)
18:10-18:30休憩
18:30-18:50質疑応答

実施報告

2017年2月13日(月)17時より、東京大学東洋文化研究所において「イスラーム・ジェンダー学の構築のための基礎的総合的研究」公募研究「イスラーム家族・女性関連法案の運用実態の研究」班による第2回研究会として「女性の法的地位とジェンダー」と題する国際セミナーが開催された。英国オクスフォード大学フェローのサハル・マランルー博士を講師に迎え、モデレーターの細谷幸子氏と司会の山﨑和美氏の他、10名が参加した。当初予定していた2時間を超過するほど積極的な議論が交わされ、イランにおける女性の法的地位に対する参加者の関心の高さが伺えるセミナーとなった。

Access to Justice in Iran: Women, Perceptions, and Reality, Cambridge: Cambridge University Press, 2014の著者であるマランルー博士は、女性の司法アクセス、法と社会、ジェンダー、イランの法制度、エンパワメントなど幅広い研究を行っておられる。本セミナーでマランルー博士は、イランの婚姻や離婚、子どもの親権などの現状とそれに関連する法制度における女性の地位について講演し、イランの法律そのものがイスラーム法との関係上、多重で多層的であるという現状を明らかにした。こうした現状の中で、イランの女性たちは家族法における女性の地位の向上のために闘ってきたという点、女性の教育や雇用状態の向上という社会変化の後押しを受けて、イランの女性団体が家族保護法の改正に道を開いてきたという点が主に考察されていた。

 マランルー博士の講演に関し、シャリーアにおける女性の法的地位、シーア派十二イマーム派の一時婚、離婚、家庭内暴力など、多くの質問がなされた。これらの質問に対し、スンナ派諸国における状況との違いに触れつつ、現代イランの男女の婚姻年齢、離婚後の子どもの後見と扶養、結婚式の実態、NGOの活動、慈善活動、婚資や嫁入り道具、SNSの使用状況、クルアーンの規定など広範囲に渡る実態を踏まえながら、応答がなされた。


公募研究会「『砂漠の探究者』を探して―女性たちと百年」 第2回が開催されました

  • 日時:2017年2月4日(土) 13:00-17:00
  • 場所:東京大学東洋文化研究所 3階大会議室
  • タイムテーブル
13:00 研究会運営について(今後のご提案)
14:00 報告(2名、各40分+質疑30分)
17:30 閉会13:00-13:20

本研究会は20世紀初頭に女性やジェンダーを論じた人々に注目し、その著作や活動、生き様を知ることで、当時何が問題となっていたのか、その後100年の間に何が変わり、何が変わらなかったのかを考えることを目指して開催されるものである。第二回は前半で今後の進め方についての話し合いが行われ、(1)今後、関連の基礎文献の読書会を行うこと、(2)ミニ報告(仮称)の機会を設けること、(3)全体を3時間強とすることが提案された(詳細は以下を参照のこと)。

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※今後の進め方

(1)読書会:当面はL.アハメド『イスラームにおける女性とジェンダー―近代論争の歴史的根源』(林正雄他訳, 法政大学出版局, 2000年)を講読、原著が刊行されてから四半世紀が経つ今の視点から読み直し、参加者同志の知見を共有する。

(2)ミニ報告:新しいアイディアや資料報告、途中経過などを参加者が順番に発表する。

例(後藤):エジプトの初期の女性雑誌について調べていたところ、ヒンド・ナウファルという人のal-Fatah (1892-93)が最初の雑誌ということが判明。中身はどこで見られるのか、と図書館等を探していたところ、最近、全号が一冊の本 الفتاه : جريدة علمية تاريخية أدبية فكاهية になっていることがわかった。所蔵している図書館はカナダかシカゴ。しかし出版元のWomen and Memory Forum(在カイロ・モハンデシーン)が全文を公開していることを発見。http://www.wmf.org.eg/en/ 
日本の最初期の女性雑誌『女学新誌』(1884-1885)『日本之女学』(1887-89)との比較が可能?

(3)研究会時間配分

      読書会  90分(担当1人=レジュメづくり)
      ミニ報告 40分(担当2人=1人あたり報告10分間、質疑応答10分間)
      研究報告 70分(担当1人=報告40分、質疑応答30分間)
      合計 200分(3時間20分)

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 研究会後半では二つの報告があった。松永典子氏の「社会運動としてのフェミニズム批評――フェミニズム理論/運動における「ポスト」をめぐる考察」は、20世紀から現在までの女性をめぐる状況を時代によって分節化し、個別のものとしてみるのではなく、連続的で接続的、包括的なものとしてみる視点の必要性を指摘するものであった。松永氏によると、そのための鍵となるのが“ポスト”という引用符つきの表現である。ポストフェミニズムと“ポスト”フェミニズムは、前者が、男女平等が達成されたという前提のもとで「自己実現」をめぐっての女性たちが分断や排他に直面している<現状>のことを指すのに対して、後者はフェミニズムのユートピア的状態を永続的に保つための<思想>を指すものだという。英文学を専門とし、またフェミニズム研究における“ポスト”フェミニズムの必要性を提唱する立場から、20世紀初頭のサフラジズム(普通選挙権獲得運動)を扱った作品と(『ブリジット・ジョーンズの日記』に代表されるような)チック・リットと呼ばれる文学ジャンルをあえて並べて考察してみるなど、これまで軽視されたり、接続されてこなかったりした題材をつなぐことで、現在のポストフェミニズムの状況――解放の意味を「自己実現」に求めよ、と女性たちが駆り立てられている現状――を考察することが可能になるのではないかと提議された。

 鈴木珠里氏の「詠い継がれる魂――パルヴィーン・エーテサーミーとスィーミーン・ベフバハーニー」は、20世紀を生きた二人のイラン人女性詩人の人生と作品に光をあてたものであった。高名な文学者の娘パルヴィーン・エーテサーミー(1907-41)が育ったのは、立憲革命期(1905-11)、イランで現代詩の種が撒かれた時期である。彼女の詩は、古典詩の形式にのっとり、また女性の作であることを感じさせない(力強く、雄弁で「男性的な」)ものと言われ、評価されてきた。一方、スィーミーン・ベフバハーニー(1927-2014)は、20世紀後半から21世紀の初頭まで、パフラヴィー王政期からイスラーム政権期まで活躍した詩人である。その詩は古典詩の形式をとりつつも独特な韻律をもち、女性の情感や社会的な視点をバランスよく配したものと言われた。抒情的な主題に加えて政治的な主題も扱い、詩集が発禁処分を受けることもあったが、ノーベル賞候補にあがり、またその死は国を挙げて嘆かれたという。鈴木氏は、エーテサーミーとベフバハーニーの詩の邦訳を紹介し、その内容やそれに対する評価にみられる変化が、イラン現代史/現代詩の流れを映し出していると示唆した。

 二つの報告はいずれも、イギリス/英文学、イラン/ペルシア文学という空間について、女性をキーワードに100年以上の時間の流れを読み解こうとする壮大なものであった。第二回研究会を終えて、異なる地域や言語を専門とし、また異なる方法論や視点をもつ参加者が、一つの関心のもとに集うことで生まれる議論の広がりや深まりに、ますます期待がふくらんだ。(報告:後藤絵美)