イスラーム・ジェンダー学の構築のための基礎的総合的研究

日本学術振興会科学研究費 基盤研究(A) 
研究代表者:長澤榮治  

「砂漠の探究者」を探して(アル=ニサーイーヤート勉強会)

研究会名 「砂漠の探究者」を探して(アル=ニサーイーヤート勉強会)
代表者岡真理(京都大学)(事務担当:後藤絵美) bahithat.women100◆gmail.com
◆を半角@に直してご利用ください
研究会の概要今からちょうど100年前に、エジプト社会における女性とジェンダーの問題を、 全身全霊を賭けて考えていたマラク・ヒフニー・ナースィフ(1886-1918、ペンネーム「砂漠の探究者」)。彼女の新聞コラムを集めた『アル=ニサーイーヤート』には、「ヒジャーブ」「一夫多妻」等、当時の「問題」に対する考え方が彼女自身の言葉で綴られていた。本研究会では、このマラクをはじめ、19世紀末から20世紀初頭のフェミニズム黎明期に、中東・イスラーム世界の各地で生きた女性たちの思想に着目し、100年後の現在と過去を自由に往還しながら、この100年という歳月のあいだに、《イスラーム》における女性とジェンダーをめぐって、何がどのように変わり、何が変わらなかったのかを考える。
代表者からのメッセージ出入り自由にしたいと思います。お気軽にご参加ください。
参加条件この時期に興味のある方であれば、言語や対象地域にかかわらず大歓迎です

「「砂漠の探究者」を探して―女性たちと百年」第5回

  • 日時: 2017年10月8日(日) 13:00 - 17:00 (開場12:30)
  • 場所:東京大学 東洋文化研究所 3階 大会議室

【プログラム】

13:00-14:30 読書会
ライラ・アハメド著、林正雄・岡真理他訳『イスラームにおける女性とジェンダー――近代論争の歴史的根源』法政大学出版局, 2000(Leila Ahmed, Women and Gender in Islam: Historical Roots of a Modern Debate, Yale University Press, 1992)。
  • 第2部「基礎となる言説」
  • 第5章 入念な言説構築、第6章 中世イスラーム
    1. レジュメ担当:木原悠(お茶の水女子大学・院)
      コメント:澤井真(学振特別研究員PD・京都大学)
14:50-16:10 報告
  • 『マリアの洞窟』をめぐって
    1. コメント:岡真理(京都大学)

『マリアの洞窟』(2007年、アラビア語音声・英語字幕、52分)はパレスチナの女性監督、ブサイナ・ホーリーによるドキュメンタリー作品です。
占領からの解放が叫ばれる一方、女性たちが名誉殺人という名の暴力の犠牲者となっている。この状況はどのように理解できるのか。
パレスチナという政治とジェンダーのトポスに置いたときに、名誉殺人とはどういう現象なのか。
本作品を入口として、名誉殺人を含め100年たってもなくならないイスラームとジェンダーをめぐる諸問題について議論してみたいと思います。

16:20-17:00 ミニ報告
  • 「補足イラン最初期の婦人雑誌」 山﨑和美(横浜市立大学)

前回の報告の補足情報を提供していただきます。

 

 前半はすでに古典として読み継がれているライラ・アハメドの『イスラームにおける女性とジェンダー』の読書会をします。

四半世紀前に出版された本ですが、これを土台にイスラームとジェンダーについてさまざまな知見を交換したいと思っています。 (同書がすぐに手に入らないという方がいらっしゃいましたら事務局の後藤までご相談ください。)

後半は岡真理代表による報告と議論です。

パレスチナの女性監督、ブサイナ・ホーリーによる名誉殺人に関するドキュメンタリー作品を題材に、100年たってもなくならない諸問題について皆で考えてみたいと思います。

また、ミニ報告では、山﨑和美さんが前回ご報告の補足情報をご提供くださいます。

初めてご参加の方も大歓迎です。子連れ参加可能ですので、ご検討されている方はその旨を事前にご連絡ください(今回、託児人員は配備しておりません)。

※準備の都合上、ご参加いただける方はご一報をお願いいたします。 bahithat.women100@gmail.com(@を半角にしてご利用ください)

※自主研究会ということで設営等の準備をお手伝いくださる方を募集しています。12時頃に(昼食持参で)会場に来ていただけるとありがたいです。

お忙しい時期かと思いますが、多くの方のご参加をお待ちしています。


これまでの活動

第4回

 
13:00-14:30 読書会
ライラ・アハメド著、林正雄・岡真理他訳『イスラームにおける女性とジェンダー――近代論争の歴史的根源』法政大学出版局, 2000(Leila Ahmed, Women and Gender in Islam: Historical Roots of a Modern Debate, Yale University Press, 1992)。
  • 第2部「基礎となる言説」
  • 第3章 女性とイスラームの勃興、第4章 過渡期
    1. レジュメ担当:保井啓志(東京大学・院、学振特別研究員DC)
      コメント:亀谷学(弘前大学)

前回に引き続き、ライラ・アハメド著『イスラームにおける女性とジェンダー』(2000年出版の邦訳版)の読書会を行なった。

今回は第2部「基礎となる言説」第3章 女性とイスラームの勃興、第4章 過渡期を対象とし、レジュメ作成、コメントをそれぞれ保井氏と亀谷氏にご担当いただいた。

保井氏によると、第3章、第4章においてはそれぞれ、イスラーム化する以前(ジャーヒリーヤ時代)から、社会がイスラーム化してゆく過程で、女性の地位や結婚制度にどのような変化が起こったか、そしてイスラーム定着から100年が経過した社会、特にアッバース朝のヘゲモニーに至るまでに、社会のジェンダー秩序がどのように変化したかが述べられている。

各章の要約を行ったあと、保井氏は、アハメドが「女性の主体性の存在があったかどうか」という点をもって社会の女性に対する寛容性を判断していることを指摘し、「イスラームが女性差別的であるか」という宗教そのものを論じるのではない、当時の女性の生き様に着目してイスラームを論じるその姿勢に賛同する旨を述べた。

しかし同時に保井氏は、セクシュアリティを専門とする立場から、本書に通底している異性愛主義に異議を唱え、従来の中東研究における男性中心主義的な歴史記述に不満を覚えるアハメドですらも、その記述においては一貫して同性愛女性が不可視化されていることを指摘した。この論点を受け、オーディエンスのなかでイスラーム研究における同性愛の扱いに関する議論が沸き起こった。

コメンテーターの亀谷氏からは、初期イスラーム時代史におけるジェンダーについての歴史学的分析についての解説があった。イスラームの勃興が女性の地位に与えたインパクトについては、肯定的、否定的、無影響という三つの見方があり、アハメドはこれらを並列的に描きながらも、アッバース朝期の女性の地位の変化に関しては、ペルシア的伝統の影響として、一貫して否定的な見方を示しているという。

これに対して亀谷氏は、サーサーン朝期における女性の為政者の存在を示す資料から、アッバース朝期における女性を取り巻く状況の悪化の原因を一枚岩的にペルシア的伝統とすることに異議を唱えた。

コメントではまた、アハメドが初期イスラーム時代の女性について議論する際、言説構築に関する議論と歴史的事実に関する議論の区別が曖昧となっていることが指摘された。亀谷氏によると、初期イスラーム時代史の研究においては、言説構築の分析が主流となっていく一方、実態の方がブラックボックス化されていく傾向があるという。

以上の議論を踏まえて最後に、当時の女性の状況についての「事実」を議論するうえで、アラビア語文書資料が手がかりを与えうるかもしれないという示唆がなされた。

(報告:賀川恵理香 京都大学・院)

 
14:50-16:10 報告
  • 山﨑和美(横浜市立大学)「イラン最初期の婦人雑誌:1910~20年代における女性教育との関わりから」
    1. コメント:山口みどり(大東文化大学)

本報告およびコメントでは、前回行われたエジプトと日本における女性雑誌の比較に引き続き、20世紀初頭のイランと19世紀イギリスを対象に当時の女性雑誌とその社会的な役割を紹介していただいた。

報告者の山﨑氏によれば19世紀後半から「近代化」の波をうけたイランでは、20世紀初頭に女性教育推進の機運が高まっていた。それを担ったのは「エリート女性」であり、具体的には「女性知識人」「女性教育家」「女性活動家」「フェミニスト」だった。彼女たちの活動は女性団体の設立および婦人雑誌の創刊、私立女性学校の設立と連動して行われ、それらが教育推進と慈善活動と結びついていったことに特徴がある。

「エリート女性」たちは女子教育の必要性を主張するため、次の三点の議論を展開し戦略とした。まず、イスラームおよび道徳的見地からの合理化を主張し、保守層からの反発を回避した。また、欧米由来の近代的な衛生学・家政学を養成し、イランの進歩・発展に関心をもつエリート層の支持を集めた。さらに、母・妻の役割を祖国の進歩・発展と結び付けることでナショナリズムに訴え、広範な支持を集めたのである。こうして「近代的」な理想的女性像を掲げ、彼女たちは女子教育の必要性を訴えていった。時代の潮流に乗って、イラン国内では婦人雑誌の刊行が増加していったことが確認された。

コメンテーターの山口氏からは19世紀になって飛躍的に向上した識字率を背景に出版された女性雑誌・少女雑誌についてコメントをいただいた。なかでも、女性雑誌English Woman’s Journal (1858-64)およびVictoria Magazine (1863-80)、少女雑誌Girl’s Own Paper (1880-1956) およびThe Monthly Packet of Evening Readings for Younger Members of the English Church (1851-1899) を取りあげ、これらの発行部数、値段、内容、頒布数などを確認した。

特に注目すべきは少女雑誌が果たした役割である。保守的な少女雑誌Monthly Packet誌においても、読書案内やエッセイコンテストといった知的刺激によって次第に読者が「覚醒」し、1890年代には誌上で行われた女性参政権をめぐる議論では、議論参加者の大半が参政権に賛成の立場をとった。このように読者が思わぬ方向に育ったことから、少女雑誌が「新しい女性」を生みだす役割を果たしていたといえるだろう。

以上を比較してみると、特に内容面において、識字教育・母乳教育(乳児期の子どもは乳母ではなく母親の母乳で育てるべきであるという思想)の必要性については、時期には違いがある(イギリスでは主に18世紀)が、イランとイギリスの女性雑誌で共通して主張されていることが明らかになった。これらの主張がなされた理由については各々の社会的・文化的な背景を考慮したうえで検討する必要があるだろう。加えて、「婦人雑誌」と「女性雑誌」の語義規定や使いわけについては慎重に検討する必要性を確認した。

(報告:木原悠 お茶の水大学・院)

 
16:20-17:00 ミニ報告
  • 宇野陽子(東京大学)「『男性の世界(Erkekler Dunyasi)』を探してみたら」

本報告は1914年に創刊された女性雑誌『男性の世界 Erkekler Dunyasi』についての概要および研究の展望に関するものである。

報告者の宇野氏によれば、本雑誌はルファト・メヴラーンザーデが編集した女性雑誌で、女性問題を男性の責任とし、当時のトルコでは珍しい男女の恋愛ベースの家庭生活を理想に掲げていたところに特徴があるという。編者メヴラーンザーデの妻はヌリイェ・ウルヴィイェであることから、『女性の世界』(ヌリイェ・ウルヴィイェ編。前回チャーラル氏の発表において取りあげられた)と『男性の世界』は姉妹誌の関係にあたると推察される。しかし、メヴラーンザーデ自身はクルド人自由主義者ゆえに長きにわたり追放生活を送っており、本誌もまた、創刊号のみで終わっている。

この度の報告では『男性の世界』そのものに加えて編者メヴラーンザーデの特異な経歴が明らかになった。彼について注目することで新たな疑問も浮かび上がってきた。すなわち、女性雑誌を刊行するに至るその背景とは何であったのか、彼の人生においてフェミニズムとの出会いはどこだったのか、もし彼が追放生活を送っていなかったならば、本誌に次号は存在したのだろうか、等である。これらの観点もふまえつつ、今後のさらなる考究が待たれる。

(報告:木原悠)

 

今回も岡真理隊長を筆頭に23人ほどの参加者を得られました。今回から参加者の皆さんに報告の執筆をお願いすることにしました。賀川さん、木原さん、ありがとうございました。第四回研究会は、初期イスラーム史の研究状況からイギリスの少女雑誌の内容まで、普段は一つの研究会では決して聞くことがないような幅広い話題について情報を交換したり、議論したりで、本当に楽しい会でした。今後も多くの皆さんのご参加をお待ちしています。

(報告まとめ:後藤絵美 東京大学)

※共催:科研基盤C「近代イランにおける女性教育の推進:イスラームと西洋近代の相克」(代表:山﨑和美)

 

第3回

  • 日時: 2017年4月22日(土) 13:00-17:00
  • 場所:東京大学 東洋文化研究所 大会議室
13:00-14:30 読書会
ライラ・アハメド著、林正雄・岡真理他訳『イスラームにおける女性とジェンダー――近代論争の歴史的根源』法政大学出版局, 2000(Leila Ahmed, Women and Gender in Islam: Historical Roots of a Modern Debate, Yale University Press, 1992)。
  • 第1部「イスラーム以前の中東」
  • 第1章 メソポタミア、第2章 地中海地域の中東世界
    1. レジュメ担当:木下実紀(大阪大学・院)
      コメント:小泉龍人(東京大学)

 『イスラームにおける女性とジェンダー』の原著は1992年に、邦訳は2000年に出版され、以来、基本書の一つとして広く読まれてきた。今回の読書会の目的は、四半世紀前に出されたこの著作を、その後の研究成果等を採り入れつつ再読し、基礎的な知識を研究会参加者のあいだで共有することにある。

 木下氏によると、同書は「中東における女性についての現代の言説の主要な前提とはどのようなものか」という問いのもとで、「中東アラブの歴史を形成する各時代においての、女性とジェンダーに関する諸言説の検討」を行うものであった。イスラーム以前の中東を扱った第一章(メソポタミア)と第二章(地中海地域の中東世界)の部分の要約を行った後、木下氏は女性に対する態度が、古代の様々な地域において共通点があったこと、女性の抑圧の源流はイスラーム以前の宗教・社会的背景にあったことが読み取れたと述べた。

 コメンテーターの小泉氏からは、メソポタミアの都市文明の誕生とそこでのジェンダーについての考古学的知見についての解説があった。メソポタミア丘陵地帯で農耕牧畜が始まり、その後、平原に人々が下りてくることで生まれた集落や都市、あるいは都市国家では、男女間で役割分担があった可能性が高いという。コメントではまた、地母神像の意味や神官女性の存在が紹介されるとともに、(現代の目から見て)古代法典の内容は男性中心的であるものの、法典編纂の目的は弱者救済にあり、女性の立場も考慮したものであったことなどが指摘された。

 
14:50-16:10 報告
  • 後藤絵美(東京大学)「草創期の女性雑誌を探して――『女学新誌』と『若い娘』」
    1. コメント:松本弘(大東文化大学)

主な報告として、今回は後藤が女性雑誌の比較による「女性たちと100年」へのアプローチを提案した。女性雑誌はメディア研究や近代史研究の中で、各国や各地域単位でさかんに取り上げられてきたものの、歴史的・地理的に広い視野でそれを検討した研究はまだほとんどないようである。

「最初の女性雑誌」と呼ばれるものは、誰がどのような意図で発刊し、その中には何が書かれていたのか。こうした疑問から本報告では二つの「最初の女性雑誌」――明治日本で刊行された『女学新誌』(1884-85)とエジプトの『若い娘al-Fataah』(1892-93)に注目し、それぞれの刊行の経緯とその創刊号の内容を明らかにした。二つの雑誌の大きな違いの一つは、『女学新誌』が私立農学校出身の男性知識人によって創刊され、「欧米の長所を採り入れ、古来の婦道の長所を失わないような女性像を提示すること」であったのに対し、『若い娘』はシリアからエジプトに移住した女性知識人が「東洋」におけるに最初の女性雑誌として、「奪われた権利を守り、必要な義務について注意を促す」ことを目指し、刊行したものだということである。コメンテーターの松本氏は、同時代のエジプトで活動した男女知識人をマッピングするとともに、シリアからの移住者らに関する背景についての解説を行った。議論では、エジプトの『若い娘』に掲載された記事が、ヨーロッパ等の雑誌からの翻訳である可能性が指摘され、今後、さらに他の地域の雑誌との比較を行うことで、より具体的な時間的・空間的つながりや断絶が見えてくるのではとの期待が高まった。

 
16:20-17:00 ミニ報告
  • エリフ・チャーラル(日本トルコ文化交流会)「トルコの女性雑誌」
  •  
  • 藤元優子(大阪大学)「現代イランの人名」

 ミニ報告は10分程度で小さな発見や興味をひかれた主題について紹介するコーナーである。今回はミニとは言えない、力のこもった、また興味深い二つの報告をいただいた。

チャーラル氏は、オスマン帝国時代に刊行された四つの「女性雑誌」の紹介をおこなった。1869年創刊の週刊誌『貞女の進歩』は『進歩新聞』の追加の週刊誌として発行され、トルコでの最初の女性誌と目されている。1883年創刊の『花畑』(二週に一度の発行)は独立した雑誌として、女性の手によって発行された最初のもの、1893年から1908年まで刊行された『女性だけの女性のための新聞』も女性の編集長と記者によるものであった。1913年刊行の『女性の世界』はさらに、女性の権利を守り、女性の心情を大切にすべく、女性の文章のみを掲載すると創刊号で宣言した雑誌であった。以上から、ひとえに「女性雑誌」といっても様々なレベルのものがあることが明らかになった。

藤元氏の報告では、まず、イラン人の名前について、1918年の市民登録制度に始まる「近代化」の流れが紹介された。イランでは1925年の市民登録法において、家長は特定の姓を選ぶこと、その妻と、未婚の息子、孫息子、娘、孫娘は、同じ姓を名乗らなければならないことが定められた。報告では、その後みられた姓の選択をめぐるさまざまな具体例が挙げられ、また、既婚女性の旧姓使用が上記法を無視して常態化していたことが指摘された。さらに、近年のイランで人気のある名前や、頻繁に行われている「通称使用」についても報告された。「名前」という今では身近なものに着目し、その扱いや位置づけの変化を知ることで、「女性たちと100年」をめぐって思いがけない側面が見えてきた。

 

以上のように、今回は大変盛沢山かつ、充実した時間となった。今後も参加者の皆さんと協力しつつ、知的刺激たっぷりの研究会を継続していきたいと思った。

(報告:後藤絵美)

 

第2回

  • 日時:2017年2月4日(土) 13:00-17:00
  • 場所:東京大学東洋文化研究所 3階大会議室
  • タイムテーブル
13:00研究会運営について(今後のご提案)
14:00報告(2名、各40分+質疑30分)
松永典子「社会運動としてのフェミニズム批評――フェミニズム理論/運動における「ポスト」をめぐる考察」
鈴木珠里「詠い継がれる魂――パルヴィーン・エーテサーミーとスィーミーン・ベフバハーニー」
17:30閉会

-------------------------

本研究会は20世紀初頭に女性やジェンダーを論じた人々に注目し、その著作や活動、生き様を知ることで、当時何が問題となっていたのか、その後100年の間に何が変わり、何が変わらなかったのかを考えることを目指して開催されるものである。第二回は前半で今後の進め方についての話し合いが行われ、(1)今後、関連の基礎文献の読書会を行うこと、(2)ミニ報告(仮称)の機会を設けること、(3)全体を3時間強とすることが提案された(詳細は以下を参照のこと)。

-------------------------

※今後の進め方

(1)読書会:当面はL.アハメド『イスラームにおける女性とジェンダー―近代論争の歴史的根源』(林正雄他訳, 法政大学出版局, 2000年)を講読、原著が刊行されてから四半世紀が経つ今の視点から読み直し、参加者同志の知見を共有する。

(2)ミニ報告:新しいアイディアや資料報告、途中経過などを参加者が順番に発表する。

例(後藤):エジプトの初期の女性雑誌について調べていたところ、ヒンド・ナウファルという人のal-Fatah (1892-93)が最初の雑誌ということが判明。中身はどこで見られるのか、と図書館等を探していたところ、最近、全号が一冊の本 الفتاه : جريدة علمية تاريخية أدبية فكاهية になっていることがわかった。所蔵している図書館はカナダかシカゴ。しかし出版元のWomen and Memory Forum(在カイロ・モハンデシーン)が全文を公開していることを発見。http://www.wmf.org.eg/en/ 
日本の最初期の女性雑誌『女学新誌』(1884-1885)『日本之女学』(1887-89)との比較が可能?

(3)研究会時間配分

      読書会  90分(担当1人=レジュメづくり)
      ミニ報告 40分(担当2人=1人あたり報告10分間、質疑応答10分間)
      研究報告 70分(担当1人=報告40分、質疑応答30分間)
      合計 200分(3時間20分)

-------------------------

 研究会後半では二つの報告があった。松永典子氏の「社会運動としてのフェミニズム批評――フェミニズム理論/運動における「ポスト」をめぐる考察」は、20世紀から現在までの女性をめぐる状況を時代によって分節化し、個別のものとしてみるのではなく、連続的で接続的、包括的なものとしてみる視点の必要性を指摘するものであった。松永氏によると、そのための鍵となるのが“ポスト”という引用符つきの表現である。ポストフェミニズムと“ポスト”フェミニズムは、前者が、男女平等が達成されたという前提のもとで「自己実現」をめぐっての女性たちが分断や排他に直面している<現状>のことを指すのに対して、後者はフェミニズムのユートピア的状態を永続的に保つための<思想>を指すものだという。英文学を専門とし、またフェミニズム研究における“ポスト”フェミニズムの必要性を提唱する立場から、20世紀初頭のサフラジズム(普通選挙権獲得運動)を扱った作品と(『ブリジット・ジョーンズの日記』に代表されるような)チック・リットと呼ばれる文学ジャンルをあえて並べて考察してみるなど、これまで軽視されたり、接続されてこなかったりした題材をつなぐことで、現在のポストフェミニズムの状況――解放の意味を「自己実現」に求めよ、と女性たちが駆り立てられている現状――を考察することが可能になるのではないかと提議された。

 鈴木珠里氏の「詠い継がれる魂――パルヴィーン・エーテサーミーとスィーミーン・ベフバハーニー」は、20世紀を生きた二人のイラン人女性詩人の人生と作品に光をあてたものであった。高名な文学者の娘パルヴィーン・エーテサーミー(1907-41)が育ったのは、立憲革命期(1905-11)、イランで現代詩の種が撒かれた時期である。彼女の詩は、古典詩の形式にのっとり、また女性の作であることを感じさせない(力強く、雄弁で「男性的な」)ものと言われ、評価されてきた。一方、スィーミーン・ベフバハーニー(1927-2014)は、20世紀後半から21世紀の初頭まで、パフラヴィー王政期からイスラーム政権期まで活躍した詩人である。その詩は古典詩の形式をとりつつも独特な韻律をもち、女性の情感や社会的な視点をバランスよく配したものと言われた。抒情的な主題に加えて政治的な主題も扱い、詩集が発禁処分を受けることもあったが、ノーベル賞候補にあがり、またその死は国を挙げて嘆かれたという。鈴木氏は、エーテサーミーとベフバハーニーの詩の邦訳を紹介し、その内容やそれに対する評価にみられる変化が、イラン現代史/現代詩の流れを映し出していると示唆した。

 二つの報告はいずれも、イギリス/英文学、イラン/ペルシア文学という空間について、女性をキーワードに100年以上の時間の流れを読み解こうとする壮大なものであった。第二回研究会を終えて、異なる地域や言語を専門とし、また異なる方法論や視点をもつ参加者が、一つの関心のもとに集うことで生まれる議論の広がりや深まりに、ますます期待がふくらんだ。(報告:後藤絵美)

 

第1回

  • 日時:11月26日(土) 12:00-14:30
  • 場所:東京大学東洋文化研究所 3階第二会議室
  • 内容:顔合わせと今後の方針や課題について話し合いを行いました。
    地域や言語を問わず、20世紀初頭に女性とジェンダーの問題を論じた人々に関心のある方々が集まりました。
  • 実施報告

 2016年11月26日(土)の午後、東京大学東洋文化研究所で「イスラーム・ジェンダー学の構築のための基礎的総合的研究」公募研究「「砂漠の探究者」を探して―女性たちと百年」の初回研究会が開催された。
 本研究会は20世紀初頭に女性とジェンダーの問題を論じた人々に注目し、その著作や活動、生き様を知ることで、当時何が問題となっていたのか、その後の100年の間に何が変わり、何が変わらなかったのかを考えることを目指して開催されたものである。
 初回には、代表の岡真理氏の主旨説明に続いて、イラン、トルコ、インドネシア、イギリス、チュニジア、エジプトをはじめ、異なる地域や言語文化を専門とする参加者から、それぞれの問題関心とこれまでの研究、現在の課題が提示された。
 今後の運営についての話し合いでは、定期集会を通して情報交換や関心の共有を行うことや、アンソロジー(著作の紹介と解題)を出版すること、「人」を入口に20世紀初頭と現代とのつながりを考える連続講座を開催することなどが提案された。
 共同研究の中で扱いうるトピックとしては、「教育」「フェミニズム」「活動(スカウト等)」「雑誌」「法」「植民地支配/ナショナリズム/ワタン」「労働」「運動」「身体」「コマーシャリズム」「芸能」「姫」などが挙げられた。
 これからの議論の広まりと深まりが大いに期待される濃密な3時間となった。(報告者:後藤絵美)