イスラーム・ジェンダー学の構築のための基礎的総合的研究

日本学術振興会科学研究費 基盤研究(A) 
研究代表者:長澤榮治  

イスラーム・中東における家族・親族の再考

研究会名 イスラーム・中東における家族・親族の再考
代表者竹村和朗(東京外国語大学) ikauzakt◆gmail.com
◆を半角@に直してご利用ください
研究会の概要イスラーム・中東には、家族や親族を表す多様な語彙が存在する。たとえば、上エジプトを調査した人類学者ニコラス・ホプキンスは、ウスラを婚姻にもとづく「家族」、バイトを居住と生計をともにする「世帯」、アーイラを「より大きな親族(集団)」と定義した[Hopkins 1987: 68]。これらの語彙は、文脈や社会状況に応じて、それぞれ意味や用いられ方が異なるはずである。本研究会では、さまざまな時代や地域を対象とする参加者が持ち寄る事例を比較検討しながら、イスラーム・中東に関わる家族・親族概念の射程と用法について再考していきたい。
代表者からのメッセージ私自身は現代エジプトに関心がありますが、異なる国や地域、時代や方法論を専門とする方のご参加をお待ちしています。それぞれが持ち寄る「家族・親族」の事例を自由闊達に議論できる場になればと思っています。

次回の研究会

第5回

開催が決まり次第掲載いたします。


これまでの活動

第4回

  • 日時: 2017年9月23日(土・祝) 15:30 - (開場15:00)
  • 場所:東京大学 東洋文化研究所 3階 大会議室
  • 発表:「家産維持と家族関係:19世紀後半イラン有力者の実践から」(阿部尚史 東京大学)
  • 概要:IG科研の公募研究会「イスラーム・中東における家族・親族」の第4回集会として、東京大学の阿部尚史さんに上記題名について発表を行っていただきます。阿部さんは、18-19世紀の近代イラン史を専門とされ、特に地方社会における有力者の家族や財産について、また昨今では「女性」「婚姻」「相続」など、本研究会のテーマと深く関わる主題について研究をなされています(cf. 阿部2015「ムスリム女性の婚資と相続分:イラン史研究からの視座」水井万里子ほか(編)『世界史のなかの女性たち』勉誠出版、111-118頁。阿部2016「ムスリム女性の財産獲得:近代イラン有力者家族の婚姻と相続」水井万里子ほか編『女性から描く世界史 : 17~20世紀への新しいアプローチ』勉誠出版、145-166頁)。
     今回の発表では、19世紀イランの地方社会において、「家長」が自身の家族成員と友好関係を築くことにより「家産」を維持していたことを、当時の状況を物語る文書資料にもとづき、検証・提示していただきます。特定の時代・場所の文脈の中で、「家族」とみなされていたものがどのようなものであり、それを取り巻く人々のどのような行為や思惑によって「維持」されるものであったのか、一緒に考えていきたいと思います。皆さまのご来場をお待ちしております。なお、会場準備の都合上、本研究会に初めてご参加される方は、IG科研事務局(islam_genderアットioc.u-tokyo.ac.jp、アットを@に直してください)までご一報いただけますと幸いです。
  • 開催報告

 2017年9月23日、東京大学東洋文化研究所で、「イスラーム・中東における家族・親族」研究会の第4回研究会が開催され、東京大学中東地域研究センターの阿部尚史氏が「家産の維持と家族関係:19世紀後半イラン有力者の実践から」と題する研究発表を行った。

 阿部氏は、これまで前近代ムスリム社会については「イスラーム相続法」の強い規範性が指摘されてきたが、具体的な史料による裏づけや検証がなされていないとの認識に立ち、入手することができた詳細な財産目録や税務記録から、19世紀後半イランのある有力者一家(ナジャフコリー・ハーン・ドンボリー家)を事例にとり、一族成員間の財産維持・管理の方法について明らかにした。阿部氏は特に「家の土地財産=家産」がどのように維持されてきたのかに関心を持ち、イスラーム財産法や相続法にもとづく法的規則だけでなく、一族成員間の人間関係(の良好さ)が「家産」の維持に重要な役割を果たしたと論じた。

  発表では、イラン北西部タブリーズの元領主であったナジャフコリー・ハーン・ドンボリー(1784年頃没)から5世代後の第6代「家長」ホセインコリー・ハーン(1918年頃没)に至る家系図とともに、数々の財務・法関連史料から抽出された財産移動の流れが、時代を追って説明された。特にホセインコリー・ハーンの親子・きょうだい・いとこ関係が議論の中心となり、父のファトフアリー2世の早い死の後に、祖母メフルジャハーンのもとに財産が集まり、女性でありながら一時的に「家長」の役割を担ったこと、祖母の死後はホセインコリーが実の弟や異母きょうだい、いとこ(父の姉妹ショウカトソルターンの子ども)たちとの間で遺産分割の訴訟や異義申立てが生じたが、粘り強い交渉や現金の贈与、交換を通じて、父祖伝来のタブリーズ近郊の農地の維持に成功したことが明らかになった。家系図にまとめられた家族・親族関係が実際の「家産」をめぐる争いの中でどのように働いたのかが立体的に浮かび上がるとともに、意外に強い女性の主体性や夫婦・姻族関係の重要性が見られ、阿部氏の狙い通り、イスラーム法の規則と実践の間のつながりとズレの両方をつかむことができた。

  質疑応答においてもさまざま質問が出たが、本研究会の主題との関わりでは、「家」や「家産」といった概念には慎重な扱いが必要であるとのコメントが出た。当時のイラン社会で制度的・概念的に「家」や「家産」がどのように想定されていたのか。「家」や「家産」の社会学的構成や組織にどこまで迫ることができるのか。また、ホセインコリーは家産維持に「成功」したと論じられたが、死後、子どもがなかったため、その財産の多く(特に父祖伝来の農地)は、ホセインコリーの兄弟ではなく、妻のタージュに移り、そこからタージュの一族(アミールカビール家)に移ったという。このとき、「家」や「家産」は維持されたといえるのだろうか。ホセインコリーの兄弟の子孫やタージュの一族の子孫の「家」や「家産」は、その後どうなったのか。以上のように、新しい発想や視点を促す、大変充実した研究発表であった。

(文責:竹村和朗)

第3回

  • 日時: 2017年7月22日(土) 16:00 - 18:00
  • 場所:東京大学 東洋文化研究所 3階 大会議室

発表:「エジプトの葬儀告示から考える家族的つながり」(岡戸真幸 上智大学)

概要:エジプト都市部の葬儀において、特に本発表が対象とするエジプト南部(上エジプト)出身者の場合、故人の名と共に彼の家族・親族成員などの名が書かれた告示が、埋葬前の礼拝を行うモスクと夜の追悼式の情報と共に、街中の建物の壁や庶民的喫茶店に貼られることがある。本発表は、港湾都市アレクサンドリアにおいて、上エジプト出身者の葬儀告示を資料に、そこに書かれた者たちの関係を整理し、その葬儀に同郷の者たちがいかに参列するかを、現地調査の結果から分析し、血縁関係にとどまらない家族的つながりとは何かを考えていく。

  • 実施報告

 2017年7月22日、東京大学東洋文化研究所で、「イスラーム・中東における家族・親族」研究会の第3回研究会が開催され、人間文化研究機構/上智大学の岡戸真幸氏が「エジプトの葬儀告示から考える家族的つながり」と題する研究発表を行った。

 岡戸氏は、さまざまな意味が込められている「家族/アーイラ」概念を整理するために、血縁原理だけでなく、それ以外のさまざまな個人的関係(友人、地縁、保護-被保護)を「家族的つながり」として含めるH.Geertzの議論を援用しつつ、アレクサンドリアにおける地方(上エジプト、ソハーグ)出身者の葬儀の方法と、葬儀告示の内容について論じた。

 発表の前半では、まずエジプトのムスリムの葬儀の概要が示された。おおよそ、埋葬は日中(11~16時頃)に行われ、追悼式は夜間(18~22時頃)に行われる。埋葬は、正午や午後の礼拝に合わせて行う葬儀礼拝を伴うが、その場所や時刻を記した告示(A4一枚)が葬儀の当日に近所の庶民的喫茶店の壁に張られ、または車や携帯電話を通じて伝えられる。葬儀告示には、故人と縁の深い人物の名前が列挙されるため、人々はそれを見て、自らに関係する葬儀であるか、出席するべきか否かを判断する。

 葬儀告示に記される関係者の名前は、よく知られる親族範疇ごと(親・子・キョウダイ、父方オジ・オバ、母方オジ・オバ等)に並べられる。同時に、「親族」(カリーブ)や「姻族」(ナスィーブ)など曖昧な表現を用いて、故人に縁のある(が必ずしも明確な親族関係にあるわけではない)有力者の名前も含まれる。ここに、家族・親族の構成において血縁原理を当然視する考えと、その枠に収まらない人をも含みうる柔軟さの両方が看取される。岡戸氏は、エジプト社会における「家族/アーイラ」は、決して「所与のもの」ではなく、むしろ葬儀のような契機を通じて、家族・親族用語で表現され、その範囲が定められ、そのつながりが保持・更新されることによって存在するものであることを指摘した。

 ジェンダーの点からは、追悼式に女性専用の空間が設けられることもあるが、埋葬は男性主導で行われ、追悼式も主に男性同士の関係性の中で行われること、葬儀告示に列挙される名前は全面的に男性であることが示された。女性の名を公の場に出すことを忌避する社会規範が働いているためであろうが、この男性中心の葬儀のあり方は、女性の存在を家族・親族論に組み込むことの難しさ、その結果としての家族・親族論における女性の見えにくさを表している。ここから、家族・親族論の中にどのように女性を組み込むかという今後の課題も見えてきた。

(文責:竹村和朗)

第2回

  • 日時: 2017年5月28日(日) 15:00 -
  • 場所:東京大学 東洋文化研究所 3階 大会議室

発表:「「エジプトにおける家族関係の近代化」から30年」(長沢栄治 東京大学)

概要:IG科研の公募研究会「イスラーム・中東における家族・親族」の第2回集会として、本科研代表者の長沢先生に「エジプトの家族関係」についてお話しいただきます。発表題目にある「エジプトにおける家族関係の近代化」は、長沢先生が1987年にアジア経済研究所の『現代の中東』(vol. 2, pp. 14-32)に書かれた論考のことです。30年前の議論を振り返りつつ、これからの家族概念の再考をしたいと思います。

また、当日は、上記集会に続いて、同じ場所で、IG科研のメンバーでもある、アジア経済研究所の村上薫さん主催の「中東における家族の変容」研究会の第1回が開催されます。初回として、村上さんによる「趣旨説明」がなされる予定です。


第1回

  • 日時:2017年3月31日(金)16:00-18:00
  • 東京大学東洋文化研究所 3階 大会議室
  • 内容:研究会呼びかけ人による「趣旨説明」がなされた。メンバーの顔合わせと各自の関心、今後の研究会の方向性が話し合われた。
  • 実施報告

IG科研の公募研究会の一つである本研究会は、中東・イスラーム地域で広く用いられる「家族」「親族」概念について、地域や時代、文脈や専門分野による多様性を認めつつ、これら概念が個々の状況においてどのように用いられているのか、これら概念によって表現されるような人間の集団や結びつきは一体どのようなものなのかを考察することを目的にしている。

第1回集会では、研究会の呼びかけ人である竹村が研究会全体の目的を述べ、今後の議論の一例として、竹村が個人的に関心を持つ「家族」「親族」概念の定義や用法について、日本語・英語・アラビア語の代表的な辞書から定義を示し、エジプト社会に関わる研究書から個々の研究者が想定する「家族」「親族」概念の例を提示した。議論では、現代エジプトで「核家族」の意味で用いられることが多いアラビア語のウスラ(usra)が近代以降の新しい用語法である可能性が示唆された。また、イランやトルコでは同様の語彙が用いられつつ、それぞれエジプトとは異なった内容や範囲を持つこと、背景にある社会的議論が異なることが指摘された。さらに、中東の人たちがどのような家族観を持っているのか、イスラーム学における「家族」概念はどのようなものか、女性やLGBTに関わる「家族」概念を考察する必要性など、さまざま視点からの発言がなされ、今後の議論の広がりが予期された。