イスラーム地域研究5班

聖者信仰研究会

昨年度の2Cスーフィズム研究動向研究会と5A聖者信仰研究会は合同で、研究発表と読書会をそれぞれ1セッションずつ含む研究会を下記の通りに開催いたしました。

日時:1999年3月29日13:30-17:30
会場:上智大学10号館322会議室

研究発表:坂井信三氏(南山大学)「聖者性の形成----西アフリカ・マリの聖者伝承からの考察」

コメンテータ:大塚和夫氏(東京都立大学)

読書会:鷹木恵子氏(桜美林大学)

A. Popovic and G. Veinstein (eds.), Les Voies d'Allah: les ordre mystiques dans le monde musulman des origines a aujourd'hi, Paris: Librairie Artheme Fayard, 1996の第3部第3章C. Hames, "Confreries, societes et sociabilite."

報告(赤堀雅幸)

坂井氏からはアフリカ、歴史的西スーダン、とくにニジェール川中流域において氏が調査されて収集された聖者伝承の事例を用いて18、19世紀の状況を中心に発表が行われた。1960年代から70年代にかけてのコスモロジー研究の手法が、ローカルな社会的・文化的文脈とグローバルな政治的・経済的文脈の交錯する現地にあっては有効とならないという問題意識から、全般的な歴史的状況の概説を経て、調査地における聖者性の確立にあたっては、ハルワ(隠遁)の概念が非常に重要な役割を果たしていることを説明され、これを「儀礼主義」と名付けて、周辺地域での「血統主義」および「出生主義」と対比された。
これらの対比と、その在不在の分析を通して、氏は聖者性の示す特性が、一般化された聖性の表象と特殊な場所性の表象との結合からなっており、それはすなわち、地域社会がグローバルな空間における一般性への参与とローカルな社会の固有性保持の両面において、自己表現する要請に孤島しているものと説明された。
さらに氏は、固有性を持ちつつより包括的な脈絡の中に存在する社会の「ハイアラーキカル」な編成様式への注目こそが、従来のコスモロジー研究を乗り越える可能性をもつという理論的見通しを最後に示され、その一般化の可能性、さらにひるがえっては、近年におけるイスラーム復興運動をそうした社会の編成様式の変化としてとらえる可能性を指摘された。
コメンテータの大塚氏からは、ハルワおよびジャズブという坂井氏が用いた概念に関する質問、また、宗教的職能者をめぐる生得性と獲得性、あるいは召命と修行といったこれまでの人類学研究における分類概念との関連性の指摘を経て、18、19世紀の時代性をどのようにとらえるのか、またグローバルという用語をどのように理解するか、従来のコスモロジー研究における異人性や境界性、周縁性の枠組みでも有効ではないかといったコメントと質問がなされた。関連する多くの質問がなされたが、ここでは割愛する。予定の時間をすぎてなお、討論は終わらず、さまざまな意味で刺激的な発表であった。

鷹木氏にお願いした読書会の担当部分は、モーリタニア、セネガルを専門地域とするアメスの論考で、その点では坂井氏の発表との関連性もあり、本日の研究会が全体としての統一性を保つことになったことは幸いであった。
アメスはティジャーニーヤの事例を中心に、教団が既存の社会的統合を強化する側面とその種の統合を超克する側面を持つことを説明し、教団の多様な社会的機能とそれを支える組織構成、その構成内にある相反する方向性をもつ構成単位の存在などが開設している。
鷹木氏からはアメス論文の内容の丁寧な解説と、諸種の文献やご自身の調査内容を通しての補足が行われ、されには昨週までのモロッコでの調査で得られた最新の情報なども提供された。司会を務めた赤堀の不手際もあり、充分な時間をとることができなかったのは残念であるが、研究会の共通認識の育成にあたって一定の成果を収められたものと思う。
ひとつの重要な認識としては、タリーカの社会性、社会邸存在様態をめぐる議論としては、アメスのそれは通り一遍で、私たちにとってはまことに不満足なものに思われたということである。否定的な見解ではあるが、今後、私たちがこの問題について議論を深めていく必要性を痛感し、そのたたき台となったという意味で意義があったと思われる。 

5jimu@culture.ioc.u-tokyo.ac.jp