イスラーム地域研究5班
研究会報告

aグループ第10回 「サライ・アルバム研究会」報告

日時 : 2001年1月13日(土)13:00〜18:00

場所 : 東京大学東洋文化研究所・3階大会議室

参加人数 : 12名

プログラム:
1) 特別講演:「ユルドゥズ陶器に関して」
    オミュル・トゥファン(トプカプ宮殿美術館)
2) 調査報告:2001年3月にトプカプ宮殿美術館で行う調査報告概要
   小柴 はるみ(東海大学)、 ヤマンラール水野 美奈子(東亜大学)
3) 研究発表:「ムラッカア序文の研究(2):序文によって提示される諸問題と その研究」
   関 喜房(東海大学)
4) 研究発表:「玉座像に関して(3)」
   村野 浩(東海大学)

1)特別講演:「ユルドゥズ陶器に関して」
   オミュル・トゥファン(トプカプ宮殿美術館)
 イスタンブルにあるユルドゥズ陶磁器の工場は、オスマン朝宮廷で使用される陶 磁器を製作するために、19世紀に建造された。当時宮廷では、ヨーロッパ陶磁器が 好まれ、ヨーロッパ、主にフランスから高額で輸入を行っていた。1890年、フラ ンス大使の申し出によって、スルタン・アブドゥル・ハミットのために、ユルドゥズ 宮殿内部に陶磁器製造の工場が建設された。工場の当初の名称は、「ユルドゥズ宮廷 陶器工場」であり、製品の裏面には、星と三日月のマークを記していた。1892年 には、最初の試作品が完成したが、1894年のイスタンブル地震によって損壊した ため、同年イタリア人建築家が修復した。1892年から96年までの4年間に製作 された試作品は、国の要人、外国からの賓客等への贈答品として用いられ、その後1 896年から本格的な生産が始まった。 製作に従事したのは、宮廷工房で養成され た画家及び軍人画家、1883年創設の美術学校の卒業生、または外国人の画家など であった。製品の種類としては、花瓶、掛け皿、書道用具、食器セット、名前入りプ レート、鉢、深皿、アシューレ(菓子)入れ、スイカ型の砂糖菓子入れ、コーヒー カップなどがあり、絵付けの主なモチーフとしては、アブドゥル・ハミット2世の肖 像、スルタンのサイン(花押)、肖像画、風景、建造物、唐草模様などの伝統的文 様、ロココ様式などのヨーロッパ風文様などが挙げられる。ユルドゥズの陶磁器工場 は、その後閉鎖や再開を何度か繰り返し、1994年に宮殿管理局が工場を管理する ことになり、現在に至っている。現在は、新しいデザインの創作と同時に、伝統的な モチーフの保存のために、オスマン朝期に製作されたイズニク陶器のコピーを磁器で 復元することも行われている。
 トゥルファン氏の発表後に、現代の作品の絵付けは、手書きであるかどうかが質 問されたが、イズニクのデザインを復元した作品は手書きで絵付けされ、現代のデザ インの作品は、手書きではないとの返答があった。次に、ユルドゥズ陶器のデザイン が、トルコ美術にどのような影響を与えたかという質問に対しては、オスマン朝後期 のアブドゥル・ハミット2世の頃には、美術の分野でも西欧化が進んでいたので、ユ ルドゥズ陶磁器を通して西洋の陶磁器技法のみでなく、西洋の絵画、文様などが速や かに吸収されたという説明があった。またユルドゥズ陶磁器に対して、チャナッカレ やキュタヒヤなどの民窯からの影響があったか否かの質問に対しては、ユルドゥズは 官窯であって、原材料となるカオリンは、当初キュタヒヤから運ばれた事実はある が、それ以外に他の窯地との関係はなかったと述べられた。最後に、現在どれくらい の規模で製造されているか、との質問には、現在は、主に伝統的なモチーフの保存を 目的としているために、すべて特別注文のみで製作され、一般には販売されていない との返答があった。

2)2001年3月にトプカプ宮殿美術館で行う調査報告概要
    小柴 はるみ(東海大学)、 ヤマンラール水野 美奈子(東亜大学)
 平成12年度は、地震や盗難事件などの影響もあり、図書館が閉鎖され、調査は許 可されなかったが、3月にはシンポジウムを兼ねた報告会をトプカプ宮殿美術館で行 う。 報告の内容は以下を予定している;
a) 画像データーの紹介 b)デジタル画像の利点・弱点 c)データー・シートの内 容紹介と予想される分析 d)画像およびデーター・シートからみたアルバムのカタ ログ作成の諸問題 e)アルバム研究への問題提起

3) 研究発表:「ムラッカア序文の研究(2):序文によって提示される 諸問題と その研究」
    関 喜房(東海大学)
 サファヴィー朝のシャー・タフマースプの為に製作されたムラッカアには、ヒジュ ラ歴964年に執筆された、ゴトゥブッディーン・モハンマド・ゲッセホーンの序文が 記載されている。サファヴィー朝初期に完成したこの序文は、その後のムラッカアの 序文の手本になったとされている。今回の発表では、ゲッセホーンの序文の構成と内 容の概要、特に絵画の7法の出典に関してのアブディーベイク・シーラーズィー (H.921-988)との影響関係、ファッサーリーという語が製本と画法の2分野の用語と して意味の二面性を有している可能性などが述べられた。

4) 研究発表:「玉座像に関して(3)」
   村野 浩(東海大学)
 前回の発表に続き、イル・ハーン朝期の絵画に描かれた玉座の中国起源を明確にす る図像事例が述べられたが、今回は儀礼との関わりを通して論じられた。中国におけ る椅子や家具の出土例と絵画資料を比較しながら編年的に行った考察の結果、中国で は、五代、宋の時代から宮廷では平座から椅子の生活への移行が始まることが指摘さ れた。元代絵画には平座の後ろに屏風を置き、靴を履いたまま座した絵画があり、こ のタイプの玉座図像がイルハーン朝の玉座描写と類似していることが指摘された。  玉座の図像的研究は今後、生活様式・儀礼などにも言及しなければならないので、 考古学的、美術史的学考察に加えて、文化人類学的考察も必須であることが強調され た。

(文責:阿部克彦、ヤマンラール水野美奈子)


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