イスラーム地域研究5班
研究会報告

第4回「地域間交流史の諸相」研究会報告

日時:2000年12月17日(土)13:00〜18:30
場所:東京大学東洋文化研究所・3階大会議室
報告:
1.高橋公明(名古屋大学大学院国際開発研究科)
  「海域世界のなかの済州島と高麗」
2.村井章介(東京大学大学院人文社会系研究科)
  「『海東諸国記』と陶磁の道」
3.荒野泰典(立教大学文学部)
  「長崎の子供たち−近世日本の「国際結婚」について」

「イスラーム地域研究」の研究会としては異例の「日本史特集」であったため、イス ラーム世界研究者の参加は少なかったが、日本の対外交渉史や琉球史、朝鮮史、中国 史などに関心を持つ人々で会場は超満員となった。今回の研究会は、日本史における 異文化接触・交流や対外交渉史の研究と、イスラーム世界史やヨーロッパ史のような 外国史における同種の研究の間で学的な交流を図ること、すなわち、実際の研究者間 の「異文化交流」を意図して企画された。その意味では、イスラーム世界やヨーロッ パ関係の報告が交じった方がよかったが、第3回までの研究会がもっぱらその方面の 報告と議論であったため、今回はあえて日本史に絞ったプログラムを考えた。3つの 発表はいずれも興味深く、報告の後の議論も充実したものだった。今回の成果をふま え、次回の第5回研究会は、日本、イスラーム世界、ヨーロッパにおける異文化交流 の実態が、それぞれ報告される予定である。以下、簡単に3つの報告と議論の内容を 紹介する。

高橋報告では、まず、1700年に作成された済州島を中心とする地図が紹介され、この 島が朝鮮半島の辺境に位置するという従来の見方に検討の余地があることが強調され た。そして、12世紀以来のこの島の歴史が具体的に検討され、この島が朝鮮半島の政 権による政治秩序に組み込まれるのは、15世紀前半になってからであること、とりわ け13世紀後半から14世紀後半の100年間の島の歴史は、元時代に移り住んだモンゴル 系の人々や自立したネットワークを持つ海上勢力と深い関わりを持って推移し、高麗 の政治的な影響力は限定されていたこと、冒頭の地図は、このように自立的な海域世 界に生きた済州島の人々の自意識の反映であることなどが論じられた。
質疑では、高橋氏の言う「支配」という言葉の意味、外部勢力であったモンゴル系の 人々が自立的な済州島で受け入れられた理由などが問われ、自らを世界の中心に置く 意識は済州島に独自のものではないことが指摘された。また、高麗史研究者から高麗 史の枠組みの中での済州島のとらえ方についてコメントがあった。

村井氏は、1471年に朝鮮で記された『海東諸国記』所収の「日本国西海道九州之図」 を紹介し、この地図が博多の商人道安のもたらした情報によっていることから、その 信頼度がきわめて高いことをまず確認した。その上で氏は、地図上に見える航路の途 中の地名や入り江らしきものを現在の地名や遺跡に比定した結果を報告した。細かい 地名比定を専門外の筆者がコメントすることはできないが、入り江とおぼしき地図上 の切れ込みを川とする村井説は、2000年3月に5−bの調査で訪れた鹿児島の持躰松 遺跡と万之瀬川や川内川など現地の状況から見て間違いないだろう。村井氏が比定し た遺跡からは中国陶磁が多く出土しており、これらの町や川港が、地図に示された通 り、中国、朝鮮半島と密接な交流を行っていたことも指摘された。
質疑では、日本における港湾の条件、港湾遺跡から出る陶磁器の持つ意味、朝鮮半島 の政権がこのような地図を作ることの意味が問われた。また、地図上で名前や入り江 の形は記されているものの、航路では立ち寄らないことになっている場所をどう考え るかということを含めて、地図や絵図史料の読み方に関して議論があった。

荒野氏は、1630年代に江戸幕府が対外関係を4つの口に制限する前は、政治権力は日 本人と外国人との交流に介入しなかったこと、したがって男女交際もまったく自由で あったことをまず指摘し、ついで海禁政策実施後の長崎における幕府の対外国人政策 の実際を詳しく説明した。すなわち、混血児の海外への追放、日本女性と外国人男性 の関係の禁止、外国人女性の日本訪問禁止、長崎の遊女制度と混血児の扱いなどがそ れである。また、具体的な長崎の混血児の生涯についても紹介があった。明治に入っ てこれらの制限のほとんどは撤廃されたが、荒野氏は、第二次大戦後に進駐軍のため に設立された「特殊慰安施設協会」は、長崎の「丸山遊女」と同じ思想に基づく措置 であることを指摘し、無意識のうちに継承されている正負両面の歴史的遺産を、意識 化させることが重要であると結んだ。
質疑では、「混血児」という言葉が当時存在したのかどうか、琉球や蝦夷の人々はオ ランダ人や中国人と同様に扱われたのかどうか、外国人と日本人の間の正式の結婚と はどのようなものか、朝鮮人の場合はどうか、など、多方面からの質問が出された。 また、イスラーム世界における「異民族」間の結婚について、長崎の場合と比較した コメントもあった。

(文責:羽田 正)


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