イスラーム地域研究5班
研究会報告

「イスラーム圏における国際関係の歴史的展開
−オスマン帝国を中心に−」研究会報告

日時 : 2000年11月25日(土)13:30〜18:30

場所 : 東京外大アジア・アフリカ言語文化研究所 大会議室

研究報告 :
報告:共通論題「イスラーム圏における権威のあり方と国際関係」

1) 家島彦一(東京外大AA研・教授)
「前近代の国際関係における権力・権威・バイア(契約):マム ルーク朝・ラスール朝・トゥグルク朝間の外交関係を事例に」
2) 森本一夫(東京大学東洋文化研究所・助手
「シャラフと国際関係?:問題提起の試み」
3) 大石高志(東京大学東洋文化研究所・非常勤講師)
「カリフの権威 : オスマン朝=インド間での発現形態とその文脈」
4) 鈴木董(東京大学東洋文化研究所・教授)
「3報告へのコメント」
5)討論
 本研究会は、「権威」をキーワードとして、イスラーム圏における 地域間・国際交流の諸相を議論する機会となった。
 家島氏は、前近代の国家間関係を、軍事的な権力意思を超えた相互 交流の一形態ととらえる立場を主張したうえで、その秩序形成の側面で 「権威」がもった意味について、マムルーク朝期のエジプトからアラビ ア半島、さらにはインド亜大陸にまで広がる領域における具体的な歴史 的事象の分析に依拠しながら、多角的に論じた。そして、預言者の子孫 などの系譜に基づいた「血の原理」、「正統イスラームと多様化するイ スラームとの緊張関係から生まれる権威」において顕在化するイスラー ム法、および奇蹟や聖的な力、の3要素を、国際的秩序形成の場で作用 する「権威」の起源として指摘した。そしてインド洋を中心とした海域 世界において特徴的に観察される「慣習」(アーダ)をいかに関連付け るか、という問題提起を行なった。
 森本氏は、「シャラフ」を「預言者ムハンマドの子孫すなわちサイイ ド・シャリーフであること」と確認し、またサイイド・シャリーフに関 する基本的な事実関係を整理したうえで、そのイスラーム圏全域にわた る拡散性と「内なる異者」としての性格を指摘し、家島氏が指摘した 「血の原理」と権威の関わりについて、敷延して論じた。そのうえで、 国際関係を地域間交流の一形態ととらえ、そこでサイイド・シャリーフ が果たした役割について、とりわけ「仲介者」として、国家間の儀礼的 関係からローカルな社会的関係に至るまで貫通した形で、様々な時代・ 地域においてムスリム諸集団の間を媒介したはたらきについて触れ、 (時にはフィクションと認められる)「血の原理」で結びついたこの特 異な社会集団が示す、研究上の豊かな可能性を指摘した。
 大石氏は、第一次世界大戦期のインドのムスリムが、オスマン帝国の スルタンを「カリフ」と認め、これを支援した「ヒラーファト運動」を 題材として、近代国際関係における「権威」の現れ方を論じた。19世紀 後半から20世紀初めにかけて、インドのムスリムの間では、オスマン帝 国の側からのパン・イスラーム主義に連動する形で、全世界的なイスラー ムの危機に対峙する姿勢が共有されていたが、実際にヒラーファト運動 が展開する過程においては、諸階層の間で様々な立場の違いに由来する 運動の多様性が観察された。その意味で、インドの地域社会におけるカ リフの権威の発現形態は、統一的なものではありえず、諸集団の政治的 意思に影響された、恣意的なものとしてとらえうる、とした。
 鈴木氏は、3報告を的確に整理したうえで、カリフの権威とイスラーム 法の権威とが及ぶ領域につき、後者が前者よりも広く、包含する関係に あると指摘し、さらにそれらを超えて作用する、より大きな秩序形成原 理としての権威の存在を指摘した。また、イスラーム圏における水平的 ・ネットワーク的秩序形成原理のほかに、垂直的な権力関係を前提とし た広域秩序の存在についても、検討の必要があるとした。
 その後、参加者の間で活発な議論が行なわれた。その結果、イスラー ム圏における権威を問題にする際には、血の原理、聖性、イスラーム法、 慣習の蓄積、の4要素を権威の源泉として措定することができる、との結 論に到達した。前2者は「尊崇」を、後2者は「信用」を引き出し、人々 に対して自発的な服従を促す力を発すると考えられるのである。  なお、本研究会はAA研共同研究プロジェクト「イスラーム圏にお ける国際関係の歴史的展開−オスマン帝国を中心に−」および「アフリカ ・アジアにおける政治文化の動態」との共催で行われた。


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