イスラーム地域研究5班
研究会報告

「イスラーム圏における国際関係の歴史的展開
−オスマン帝国を中心に−」研究会報告

日時 : 2000年7月1日(土)14:00〜18:00

場所 : 東京外大アジア・アフリカ言語文化研究所 セミナー室

研究報告 :

1)奥田 敦(慶応義塾大学総合政策学部・助教授)
「イスラームの国際法とイスラーム法の国際性」
2)小松 香織(筑波大学歴史・人類学系・専任講師)
「オスマン帝国末期の海運界 -外国系資本との競合問題を中心に-」
 イスラーム法学を専門とされる奥田敦氏は、イスラームにおいては、 人間の生存・生活は国家なしには実現し得ぬことが前提として認識さ れていること、および複数のイスラーム国家間、あるいはイスラーム 国家と非イスラーム国家との間の関係もイスラーム法(シャリーア) において規定されていることを出発点として、シャリーアの一部とし てのイスラーム国際法の存在を確認した。その上で、その法源たるク ルアーン(コーラン)とスンナ(預言者言行録)について検討を加え、 イスラーム国際法の基本原則としての正義と倫理について敷延し、と りわけ戦争法規における高い倫理性が、他の文明圏の法倫理に比して 顕著な形で確認できるとした。さらに、国家、ダール・アル・イスラ ーム(イスラームの家)/ダール・アル・ハルブ(戦争の家)といっ た領域概念、ズィンミー(イスラームの家内部の庇護民たる非ムスリ ム)、ムスターミン(安全保障を得て戦争の家からイスラームの家に 移動した者)といった、国際法の実際において主体となったり構成要 素となったりする類型について、分析を加えた。その上で、現今の中 東和平の動きは、イスラーム国際法の観点からいかに解釈されるか、 といった問題や、イスラーム法そのものが本質的に有する国際性や世 界性を公の福利と法の目的論の中に位置づける問題が論じられた。討 論では、ダール・アル・スルフ(公正の家)、ジハード(聖戦)など の概念の捉え方について、活発な議論があった。
 小松香織氏は、1870年代から80年代にかけての時期に、イズミル (現トルコ西部のエーゲ海沿岸の港湾都市)を舞台として展開された、 沿岸運行汽船の許認可をめぐるオスマン中央・地方政府とイギリスを 初めとするヨーロッパ諸国の確執について、オスマン帝国とイギリス 双方の文書資料に依拠しながら論じた。ここには、16世紀以来(とり わけこの問題については1675年以降)オスマン帝国とイギリスの関係 を規定してきたカピチュレーションや、1838年以降の両国の通商関係 を規定した通商条約などの国際的法規定の問題が絡むと同時に、そう した法規定の中で「港湾」が空間としてどのように解釈されるかとい った問題(イズミルはリアス式の細長く入り組んだ湾の深奥部にあり) や、内国水域における外国船籍船の航行権なかんずく旅客輸送権の問 題、実際の利用者たる現地住民の反応などが複雑に関係していた。ま た、競合する輸送船会社の資本形態は、外国資本と民族資本とに対立 させて捉えるのではなく、後者を国内資本と捉え、その内部でさらに ムスリム資本と非ムスリム資本とが競合する構造になっていたことが 指摘された。また内国水域の解釈の問題は、ボスポラス海峡をめぐっ てイスタンブルについても存在していたが、これはティグリス・ユー フラテス両河の河川交通にも関連する問題で、イギリスにとっての大 きな戦略的課題であったことも論じられた。討論では、オスマン政府 が沿岸航行権を自国に限ろうとした理由や、19世紀前半に汽船が登場 して急速に帆船に取って替ったが、これが従来の港において規範を変 化させ、問題を生じさせた可能性、などについて活発に議論された。
 イスラームの法的・概念的規範レベルと、現実の歴史的な場におけ る国際的問題のレベルとの間を、実証的に解明してゆく必要性が、参 加者の間で再確認された。


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