イスラーム地域研究5班
研究会報告

第 7 回 中近東窯業史研究会報告
日時 : 2000 年 1 月 15 日(土)、16 日(日)
場所 : 岡山市立オリエント美術館
プログラム:
1 月 15 日
バーナード・オケイン(カイロ・アメリカン大学)
報告: "The Development of Cuerda Seca Tileworks"

1 月 16 日

1 . 高橋忠久(中近東文化センター)
  報告:「アナトリアのやきもの職人、ガーズィーアンテプとイズニックの事例」

2 . 岡山市立オリエント美術館寄託柴辻コレクション所蔵のイスラーム・タイルの調査・研究


 第 5 班 a グループ内の研究会としては初めて行われた今回の研究会は、5 班招聘のカイロ・アメリカン大学人文社会科学部アラビア学科教授バーナード・オケイン博士の特別参加を得て、岡山市立オリエント美術館で行われた。美術館収蔵庫に収められた、破損しやすい実際の陶器作品を調査するために、参加者を専門の研究者に限らせて頂いている点、ご了承願いたい。


バーナード・オケイン: "The Development of Cuerda Seca Tileworks"

 クエルダ・セカとは、この技法が広く行われたスペインの言葉で「乾いた線」を意味し、陶土表面をマンガン質の特殊な絵具の線で分割することによって、異なった色彩の釉薬が混じり合わないようにする多色釉技法である。この技法はイスラーム地域ではスペインを除いて14世紀後半にサマルカンドのシャーヒ・ジンダのティームール朝墓廟群の外壁装飾タイルに初めて現れる。現在までの研究では、クエルダ・セカ技法がこのとき突然出現し、手間のかかる高価なモザイク・タイルの安価な代替物として使用されたと考えられてきた。しかし、オケイン氏はこの技法がセルジューク朝、イル・ハン朝と続けられた上絵付技法(釉薬の上にエナメル等で彩画する技法)の延長線上にあることを示し、また、ティームール朝建築装飾においては、決してモザイク・タイルの安価な代替物と看做されていた訳ではなく、むしろモザイク・タイルに匹敵する十分な美的価値を持つ技法として尊重されていたことを明らかにした。さらに、化学的分析により、多色の釉薬を分割するのに使用された絵具には、かつて信じられていたような膠の混合はなく、不活性のマンガン物質であることも指摘した。

高橋忠久:「アナトリアのやきもの職人、ガーズィーアンテプとイズニックの事例」

 高橋氏は、失われつつある伝統的なやきもの技法で現在でも生産を続けているアナトリアの職人に関して、現在の状況、技術的特色を数年来現地調査によって明らかにしているが、今回の発表ではそのうちガーズィーアンテプとイズニックの 2 都市を取り上げた。
 ガーズィーアンテプはシリアとの国境に近い巨大な岩盤の上にある街であり、共和国成立までアインタップと呼ばれ、古くは十字軍の年代記に言及されている。オスマン朝期には様々な産業が存在していたが、土器・陶器職人の存在は確認されない。現在では、石を切り出した後の洞窟の中で、赤い胎土の素朴な容器が細々と作られている。窯は円形で、垂直方向に伸びているが、火室と焼成室の区分が曖昧である。焼成室の上には金属板の蓋を載せるようになっていた。
 イスタンブルの南西にあるイズニックはオスマン朝時代にいわゆる「イズニック陶器」を生産したことで知られている。発掘調査により、都市の中央部に必ず対になった窯跡が発見されているが、なぜ対になっているのかは不明である。現在でも焼物工房が存在するものの、オスマン朝時代のイズニック陶器の伝統は失われている。

柴辻コレクションのタイル調査:

 岡山市立オリエント美術館に寄託された柴辻コレクションには 200 点を越えるタイルが収められている。その多くはイラン、ガージャール朝時代の比較的新しい作品であるが、中には 12 世紀末から 14 世紀前半のラスター彩タイル、単色釉タイル、ラージュヴァルディーナ・タイル、上絵付タイルも 40 点ほど含まれている。種類もミフラーブ・タイル、フリーズ・タイル、腰羽目用タイルと幅広い。ラスター彩タイルの中には 1270 年代、1280 年代の日付の入ったものもあった。

(文責:桝屋 友子)


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