ガートルード・ロージアン・ベル著/田隅 恒生訳
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本書は1892年5月から5ヶ月に渡ってペルシアを旅した女性の旅行記、Safar
Nameh. Persian Pictures. Book of Travel(全20章)のうち14章分を訳出したもの
である。一つ一つの章は10ページ前後とひじょうに短く、その中にテヘランの市街の
喧燥や、レイの歴史とそこにそびえる沈黙の塔、アーシュラーの受難劇にむせぶ人々
、コレラによって滅びゆく町々などが独特の流麗な筆致で描き出されている。ヨーロ
ッパの社交界に飽き、新たな刺激を求めてやってきた24歳の女性の視線は、(ときに
古代ペルシアやアラビアンナイトの世界への憧憬によって、ずいぶんとロマンチック
に脚色されてしまうこともあるが)ほとんどの場合、対象をまっすぐ冷静に見つめよ
うとしている。こうして書かれた、日付や人名、地名といった固有名詞が極端に少な
い旅行記の風景描写や人物描写の美しさは、まさにスケッチとよぶにふさわしい。
これら一枚一枚の絵は、史料として用いるにはぼんやりしすぎているかもしれない 。しかし、輪郭や色彩が曖昧であるからこそ、時代を超えて共有することが可能であ る。確かに道端では、騾馬追いの代わりにサヴァーリー(乗合いタクシー)の運 転手が叫んでいるし、キャラバンサライは西洋風のホテルにとって変わられている。 マントを羽織りターバンで頭を覆った男性も、白い面被をつけた黒づくめ女性も今で はほとんど見ることはない。しかし、ガートルード・ベルの描き出したバーザール( とくに小ドーム型の屋根の丸い穴から差込む日光の描写!)や、庭園(プラタナスの 広葉を通って木漏れ日のさす庭園と、聞こえてくる噴水のしぶきの水音)など多くの 風景は、数年前にペルシアを旅行した評者にとっても、印象深いものである。こうし た意味で、本書は資料用の本棚ではなく、写真やアルバムとともに飾っておいて、時 折「心の小旅行」に携帯することをおすすめしたい。(『必携アラビアン・ナイト』 に続く「私の心の旅シリーズ」vol.2といったところか…。) 美しいスケッチのページが終り、ホッとしているのも束の間、本書の終りの部分で は一転して、訳者田隅氏による壮絶な女傑伝が繰り広げられる。中東を旅した、ある いは中東に生きた4人の女性の人生は、女性読者にとっては啓蒙的、男性読者にとっ ては教訓的でさえあり、こちらもかなり読み応えがある。 この本を読んだ日本人女性が、5人目の女傑として中東に君臨する日もそう遠くな いかもしれない。(後藤絵美) | |
Fred M. Donner,
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「ムスリムは何故歴史を書き始めたのか?いまある研究は、決してそう問うことは
ない」。初期イスラームの歴史叙述については多くの研究があるにも関わらず(中世
以降の蓄積の極端な薄さとは対照的である)、いまだ根本からは問われていないこの
疑問に答えるべく、著者フレッド・ドナーは本書の目的として次の二点を挙げる。
「なぜ、ムスリムは歴史を書こうとしたのか?」 「どのように、ムスリムは歴史叙述の伝統を発展させたのか?」 前者は本書第一部、後者は第二部に対応していると言って良いだろう。まずは本書 の内容を以下に概観する。
第一部(第一章〜第三章)では、歴史叙述が現れる過程と背景が論じられる。第一
章では、クルアーンの成立は遙かに後代(A.H.二世紀から三世紀)だと主張する懐疑
論が批判され、遅くとも第一次内乱(656-61)までに纏められていたとする。第二章で
はクルアーンの性質の主眼が、時間軸に沿った展開ではなく信仰心の類型的な表現に
置かれているとし、個別具体的な歴史性は無視されているが故に非歴史的な叙述内容
を持っていたことが論じられる。第三章では、クルアーンに見られるように元来非歴
史的な意識を持っていたイスラーム共同体が歴史意識を持つに至った経緯が検討され
る。著者は、歴史意識発展の契機として従来指摘されていた「自然な好奇心」或いは
「外的な影響」を、両者を兼ね備えていても歴史意識を発達させない集団はあるから
決定的な要因とはいえないとして批判、それに代わって、イスラーム共同体がアイデ
ンティティーを形成するため、そして支配を正当化するために歴史意識、歴史叙述が
発展したと論じている(670-80年代に起こったと推測されている)。
本書では初期イスラームにおける歴史意識の萌芽とその発展、及び歴史叙述の主要
テーマ、形式などが分かり易く説明されており、専門とする時代が本書の取り扱う時
代より一千年ばかり後である評者にとっても非常に参考になった。中でも、非歴史性
をその特徴とする初期のイスラーム共同体が歴史意識を獲得していくに至る分析(史
料が少ないが故に推測が多くなるのは致し方ないとして)は、今まで自然発生説など
いまいち釈然としない説明に満足せねばならなかった評者にとって、腑に落ちるもの
であった。勿論、イスラームの歴史叙述では私撰が殆どを占める事実を考慮に入れる
ならば、歴史意識の発展について正当化という要素を第一に置くのには慎重になるべ
きだろうが。 (註)本書には、Wilfred Madelung(Journal of the Royal Asiatic Society, third series, vol.9, part 2, 1999, pp.296-298)とMuhammad Qasim Zaman(The Middle East Journal, vol.54, no.3, 2000, pp.492-494)が書評を寄せている。な お、Middle East Studies Association Bulletin, vol.34, no.1, 2000にも書評が掲 載されているが評者は未見(網羅的に調査したわけではないので、他にもあると思い ますが)。 (小笠原弘幸 東京大学大学院博士課程) | |
西村 稔
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<はじめに>
イスラーム地域に関する研究において、ウラマー研究を昇華する形で「知の獲得」「知の伝達」「知 の還元」といった、「知」をキーワードにして、社会との関連性を重視する「行為」の研究が見られる ようになってきた。「知」は、「蓄積」と「表現」というふたつの「行為」からなる。その際、「蓄 積」の形態と「表現」の座標を分析する上で、歴史的視点は欠かせないものと思われる。こうした研究 状況の中、近代歴史学の本流であるドイツ史研究の最先端から、文士と官僚の結合と分離という近似し たテーマで研究書(本書)が出された。本書を参照することは、イスラームにおける「知」の歴史的考 察においても決して無益ではないであろう。 文士は知のアーティスティックな側面を、官僚はプラグマティックな側面を代表する。両者は対立関 係や共闘関係を結んだり、相手に対しコンプレックスを抱いてそれを記録に残すものであるが、文士と 官僚が同一人物であることがままある社会が、しばしば世界史の各局面に出現してきた。新刊紹介には いささか月日がたってしまった書物であるが、このテーマについて考えることは理解と実践という研究 の本質とも関わってくるので、議論の土台として本書が有益であると感じ、短評を書くこととした。特 に新しい史料があるわけではないが、ドイツ史の裾野の広さが判る、イスラーム地域を対象とする者に とっても触発されるところが大きい著作である。特に、マムルーク朝やオスマン朝などを志すものは切 り口が似てくるのではないだろうか。
<総評>
<概要>
<コメント>
<参考文献> | |
中町信孝
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2001年1月24日より2月6日にかけて、毎年恒例のカイロ国際ブックフェア(
Ma`rid al-Qahira al-duwali li-l-kitab)が、カイロ北東ナスル・シティの見本市会
場(Ard al-Ma`arid)にて開催された。エジプト中の書店が集まるこのフェアも今年で
第33回めを数えるが、年々規模が拡大しており今やエジプト人家族の格好のレジャー
の場となっていると聞く。むろん、国内のみならずアラブ各国からの出版社、小売店
の出店も盛んであり、アラブ地域を中心としたイスラーム地域研究に携わる者にとっ
ては、カイロ・ブックフェアを見ずして結構と言うなかれ、との形容が相応しい。以
下に、ブックフェアを通して報告者が見聞した当地の出版動向をわずかではあるが紹
介したい。報告内容が報告者の専門である前近代アラブ史に著しく偏っている点、あ
らかじめお断りせねばなるまい。
1.国立図書館(Dar al-kutub wa-l-watha'iq al-qawmiyya)の出版物
2.全エジプト書籍公社(al-Hai'a al-misriyya al-`amma li-l-kitab)の出版物
3.仏研とアメ大
4.その他 以上。もとより報告者の能力では、アラブ世界全体における出版界の最新事情を概 括することなど及びも付かないのであるが、種々の情報が氾濫するネット世界におい てはつたない情報も無いよりはましと割り切り、このようなレビューを試みた次第で ある。読者諸氏のご参考になれば幸いである。(中町信孝・カイロ大学) | |
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本書(正確には雑誌)はすでに、森本一夫氏に「森本一夫イラン旅での見聞」と題
した短評で簡単に説明されている。評者は森本氏から本雑誌を頂戴したこともあり、
折角だからもう少し、内容を説明するのも意味があろうと思って筆をとっている次第
である。この雑誌の性格は森本氏の説明を参照していただきたい。
この号は「サファヴィー朝特集号」と題され、森本氏の説明にもあるように150頁 を越えている。収録されている論文等をあげると以下の通りである。
1,Monajjem Yazdi家とサファヴィー朝期の歴史記述 / `Ali Asghar Mosaddegh
このように数多くの研究が掲載されており、8のように実際有益且つ参考になるも
のや、4のように興味深いものもいくつか見受けられる。また、欧米の研究成果を積
極的に取り入れようという意気込みも感じられる。また、外国人旅行記などを積極的
に活用していく姿勢も明らかになっている。 | |
尾本 惠市,濱下 武志,村井 吉敬、家島 彦一 編
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それにしても、かつてこれほどのスケールをもったシリーズがあったであろうか。
副題に「海のパラダイム」と付けられた本書は「海のアジア」と題されたシリーズの
記念すべき第1巻として、「海のパラダイム」「海のアジア史」「海から考える現代
」「海への感受性」の4つの視点から「海のアジア」に迫る巻である。
今私の強調した本書のスケールの大きさは、この巻の目次を見れば一目瞭然である 。濱下武志氏、家島彦一氏と言った海をフィールドに歴史を描いてきた歴史学者と共 に、生態学、生態人類学、建築・都市史、中国経済史、東南アジア社会経済論、比較 文学、遺伝人類学、国際海洋法と言った日頃あまり接する事の無い学問分野で活躍す る当代一流の研究者、更には映像作家、詩人達が、様々な世界から「海のアジア」と いう、たった一言を 旗印に集い、そして本書を織り成している。そのスケール、ヴォリュームは感嘆の念 に尽きない。これら多様な学問分野、世界からそれぞれが、それぞれの視点で「海の アジア」についてそれぞれに述べ、そして巻末の座談会では家島、濱下両氏に加えて 、遺伝人類学者の尾本恵一氏、東南アジア社会経済学の村井吉敬氏らの海への熱い想 いが交錯するという形で本書は展開していく。 このような超学問的な試み,しかも芸術分野までも含んだ今回の試みは本来非常に 難しいものなのであろう。しかし本シリーズはまさに「海のアジア」に全ての話し手 の視点が向いていて、学問分野、時間、空間が壮大なスケールで広がっているにもか かわらず、しっかりとした一体感が感じられた。 1980年代以降の歴史学に於ける海への眼差しは藤本勝次、山田健太郎、三杉隆敏共 著『海のシルクロード』、川勝平太編『海から見る歴史 ブローデル地中海を読む』 など、共著、編著による著作が1つのメルクマークとなって潮流を形成、体現してき た。それらと比べても、今回のこのシリーズは分量、視点の多様さ共にかつて無い大 きさではないだろうか。先程「あまり接する事の無い」と書いた諸分野に関しても非 常に明快に書かれており、「歴史を学んでいるもので」と言ってそういう他の分野を 見てみぬ振りをする事はもう出来ないのではないかと本書を読んで感じた。そして座 談会を読んでも分かるように、本シリーズは海を通して諸学問間の境を越えた超学問 融合の1つの新しい形、態度を我々に提案しているのではないだろうか。その意味に 於いても、このシリーズは歴史学にとって新しいメルクマークとなるかもしれない。 最後に、私はこの本の執筆者達に若大将よりも何百倍も熱い海への思いを感じた。 (鈴木英明) | |
サーデク・ヘダーヤト |
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イラン現代文学の巨匠、サーデク・ヘダーヤト(1903-1951)の処女短編集『生き埋
め』(1930)他より、1930年代に書かれた初期短編小説7編を集めた翻訳である。
ヘダーヤト文学の翻訳としては、これまでに中村公則訳による代表作『盲目の梟』、
奥西峻介訳による民俗誌『不思議の国』(岡田恵美子訳『コルスムばあさん』と併録
された『ペルシア民俗誌』平凡社東洋文庫、1999)がある。これらはいずれもペルシ
ア語文学・イラン研究の専門的領域から出されたものであり、それとは少し異なる本
書の登場には、些か驚いたイラン研究者・学生も少なくないだろう。本書が出された
国書刊行会「文学の冒険シリーズ」は、欧米、ラテンアメリカ、東欧など広い地域を
対象に、特にユニークな現代文学を翻訳・出版する企画であるようだ。それでもまだ
日本で馴染みの薄いイラン文学の本書がこのシリーズに加えられたのは、私の想像だ
が、訳者石井啓一郎氏のヘダーヤト文学に対する愛着と思い入れに拠るところが大き
かったのではないか。
サーデク・ヘダーヤトの生涯と文学については、本書末尾「解題」に詳しく、訳者 の思い入れのこもった作品解説もそこに附されている。文学には門外漢の私がそれに 下手な批評を加えることは避けた方が賢明であるが、歴史研究の方面から印象づけら れることを挙げるとすれば、カージャール朝末期からパフラウィー朝時代、一方で重 苦しい伝統社会に倦み、一方で西洋近代文明の圧迫に息詰まる、激変期のイラン人知 識人の憂鬱な精神風景だろう。「幕屋の人形」、表題作「生埋め」に登場する、ヨー ロッパ遊学を経験した結果、伝統と近代のいずれに対しても違和感しか感じることが できず、ついにはすべての現実から自己を遮断せざるをえなくなる若い主人公達は、 ヘダーヤト自身の肖像であるが、多かれ少なかれ時代の一つの普遍的な精神でもあり 得たのではないかと想像が広がる。伝統と近代の間でのジレンマ、などと言うと、あ まりに単純な図式に聞こえるかもしれないが、保守・伝統と改革・近代の精神的な選 択を迫られた過渡期の知識人の苦悩に触れた経験が、私たちにそれほどあるわけでは ない。近代化時代を主導した改革的・または保守的思想家達の明解な(ように見える) 言説を追うだけでは、見えてこない精神的混乱と疲労、停滞が、ここに集められたヘ ダーヤトの短編には窺われるように思われる。 同時に、印象づけられるのは、豊饒とも言えるイランの伝統的民衆文化の力である。 もっとも、作品から窺われるヘダーヤトの伝統文化への意識は、決して明るく単純な ものではない。重圧的な伝統社会や因習に対する拭いがたい疎外感、倦怠、嫌悪は、 男性より強く伝統に縛られて生きる女性達の描写にあらわれてくる。収録された短編 の殆どの主人公は男性であり(「捨てられた妻」、「S.G.L.L.」の主人公は女性)、彼 ら男性の視線で描かれる作品の世界には、男女の精神的な断絶、女性への不信感が色濃 く表れている。その恐怖の混じった冷ややかな視線で描かれる女性像は、実際には男 性主人公達自身の中にある、伝統社会への恐れと嫌悪感の鏡像であろう。 しかし、それでもなお、伝統的な民衆文化は強い力をもって蘇ってくる。ヨーロッ パに学び、迷信を嘲っていた男が妻の「幽霊」に対する恐怖によって発狂に追い込ま れる「ヴァラーミーンの夜」では、女性達が作る伝統文化の共同体が皮相的な合理的 理性を圧倒する。また、「捨てられた妻」は庶民の過酷な生活、特に女性を縛る結婚 の暴力的な因習を批判的に描く社会派リアリズムの作品ととれるが、子まで捨てて 「自分を鞭打つ夫」の幻影を追う若い妻の姿には、疎外感と孤独に疲労した男性主人 公達には見られない生命力が漲っている。ここに、一方で伝統社会に倦怠感、疎外感 を感じつつも、民俗学研究、古代文学研究を通して伝統文化の持つ生命力に回帰して ゆく、ヘダーヤトの意識の歩みが窺われるかもしれない。一方、ヘダーヤト時代のイ ランの歴史的遺産がどのように扱われていたか、その一端を窺わせるのが「タフテ・ アブーナスル」だ。サーサーン朝時代のミイラが呪文によって蘇る幻想物語だが、そ のミイラを発見し、怪しげな復活の儀式に熱中するのはアメリカの調査団である。イ ランの古代遺跡や古代文明は、多くが外国人によって再発見されてきた。蘇ったミイ ラは、一瞬だけ過去の愛の記憶を追い求めて生き、朽ち果てる。それを知らない外国 人達は、再びミイラの残骸と遺品の分類に熱中しはじめる。怪奇・幻想趣味の色濃い 作品の中に、一瞬差し挟まれたこの皮肉な視線が奇妙に味わい深い。 全収録作品中、私が特に印象深かった作品を挙げさせてもらうと、それは 「S.G.L.L.」である。ヘダーヤトによるSF小説というのにも驚かされるが、紀元4000 年期、すべての問題が科学によって解決された未来において、オマル・ハイヤームが ルバイヤートで歌った厭世観、「目的も意味もない人生に対する疲労と倦怠」だけが 残り、ついに全人類が自殺を望み始めるという壮大かつ徹底して悲観的な構想は、 1930年代という時代において極めて珍しかったのではないだろうか。科学万能となっ た未来に、数千年前ハイヤームが見据えていた苦悩が蘇り、決して科学では解決され 得ない最後の問題として全世界を支配する、というアイディアには、イラン人知識人 としてのヘダーヤトの矜持が感じられるが、それはナショナリズム的な感情とは少し 違う。寧ろ、西洋科学文明が圧倒的な正当性をもって世界中の価値観を支配しつつあっ た時代に、イランからヘダーヤトが投げかけたかった問いなのではないだろうか。 訳文中のペルシア語単語の表記は概ね正確で違和感はなく、作品ごとに附された註 も適切と思われる。本書末尾にペルシア語カナ表記規則についての説明があり、ペル シア語としての正確さ、日本で定着している読み、訳文としての読みやすさに留意し て表記をしたことが窺われる。 イラン文学や歴史を専門としなくても、ただ小説を読むことが好きな人なら誰でも 手にとって欲しい本である。読んで関心を持つ読者が増えることが、これからもこの ような訳書が出される最大の動機となるだろうから。 (東京大学院 渡部 良子)
先日、あるテレビ番組で2030年の生活を予想していた。科学技術はさらに進歩し、
自動車は空中を走り回り、各自が高性能の眼鏡型携帯電話を頭部に装着して交信する
。一切の家事から解放された主婦は、ヴァーチャル映像を使って家に居ながら「パリ
」のブティックでショッピングを楽しむ。同時通訳装置があるため、もはや語学の勉
強をする必要はまったくない…。
人類の「運命」も人間が変えることはできない、とサーデク・ヘダーヤトは言うの か。そして人類を操る天が存在する。天の陶器師が壊した土器は土に返り、そこから 新しい器が生れる。「S.G.L.L.」の最後の場面、人類の最終段階に現われた裸の男女 と白蛇は、運命の冷酷さを嘆きながら本書を読み終える者に一筋の光明をもたらすで あろう。…しかし、相変わらず一つの不安が残る。アダムは再び禁断の果実を口にし てしまうのであろうか。(後藤絵美) | |
ハワード・R・ターナー |
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この書は日本では馴染みの薄い「イスラム科学」について、イスラムの諸科学が最
も発達した10世紀という時期を中心に概観した入門書である。また、タイトルにある
ように、単に文章だけでなく、数多くの挿し絵や図版を収録することによって、その
理解を手助けしている。
まず、この書を概観すると、第1章から第3章において、本書で扱う時代背景と科学 に関連した事件等を主に取り上げると共に、イスラムという宗教と科学の関係やイス ラム科学のルーツについての説明がなされている。そして、最も重要なことは、イス ラムに於ける科学はこの世の創造主たる神の御業を理解し、正しい信仰を行うために 追求された学問であったと指摘していることである。そして、その根拠としてムハン マドによるイスラム版「学問のすすめ」と見なすことができるハディースが紹介され ている。 第4章以降は、「数学」「天文学」「占星術」「医学」「錬金術」「光学」などの 個別の学問についての章が9つあり、それぞれの章で、その学問がイスラム世界や後 の近代科学に寄与した様々な影響や個々の科学者と彼らの学問的成果の紹介がなされ ている。各章の終わりには、本文中で紹介された様々な書物や器具を示す図版が載せ られており、その章の内容を振り返ることができるようになっている。また、科学を 扱いながらも、文系諸子が苦手とする数式などを使用せずに、各学問の発展や科学者 が扱った問題をわかりやすく説明している点が非常に評価できる。 そして、第13章以降に於いて、徐々に本書の主題へと入っていくのである。13章ま では、まさにイスラム科学の概説であって、そこには西洋が発達させた近代科学の基 を築いたイスラム科学の成果を賞賛するという姿勢が示されていた。しかし、そのよ うに偉大な成果をもたらしていたイスラム科学に翳りが見え始めた15~6世紀以降、イ スラム世界は科学の凋落と共に、軍事的・政治的・経済的に、西洋に圧倒され始める ことになる。そうした事態を招いたイスラム科学の事情について述べられているのが 、第13章以降の章である。 この様に、「結局、現在の世界に於いて優位を誇る西洋文化を礼讃するというお決 まりの結論を導く書物であったのか」、と残念に思いながら読み進めていったのであ るが、最後にどんでん返しが待っていた。それは現在の科学が持つ問題に関わる著者 の指摘であった。 周知の通り、我々人類の生活は様々な科学の成果によって豊かになり、便利になっ ている。しかし、その一方で倫理のない科学の発達によって、人類をはじめとする様 々な生物が、その存在の危機に晒されており、著者の示すように、核兵器や遺伝子操 作による人工生命などの節操のない科学の発展に対する批判が噴出している事もまた 、事実である。 こうした状況をふまえて、筆者は「宗教」や「信仰」を第一の目的として追求され た、あるいはそう望まれたイスラム科学を見直すべきであると指摘しているのである 。すなわち、キリスト教という「宗教」と「理性」を分離させることによって、イス ラムをはじめとする他の文明に「勝利」した西洋文明の後継文明である現代社会の合 理的な考え方からは理解しがたい「宗教」と「科学」の混在していたイスラム世界の 状況を知ることこそ、現代科学の持つ様々な問題を解決する糸口を与えることになる のであり、その役目は歴史学者が担うべきである、と筆者は考えている。 この様な考え方は、年代記史料とそこから導き出せる当時のイスラム社会の状況ば かりにとらわれていた評者にとって、新鮮であった。また、そこまで大げさに考えな くとも、政治や経済以外の事情にふれるためにも、是非一読をお勧めしたい書物であ る。
なお、イスラム科学については、矢島祐利氏による二つの概説書がある。こちらは
、今回紹介したものに比べて、イスラムの科学者の著作や学問そのもの、また、「イ
スラム科学」という分野を研究した人々についての紹介に多くのページが割かれてお
り、裏話的なものも多数収録されていて、イスラム科学史の変遷が分かるのではない
かと考える。併せてご一読をお勧めする。(慶應義塾大学修士課程 橋爪 烈) | |
森本一夫
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私は1月1日から15日まで2年3ヶ月ぶりにイランに行く機会をえた。そして例のごとく、この2年強の間に刊行された書物を中心に若干の買い物をした。それらの本のうちには日本にいたうちから出版情報を得ていたがなるべく安く買おうと我慢していたものもあった。同時に、「え、こんなの出てたの」と驚きながら買った本もある。以下は決して最新情報とは言えないが、そういったものの中から、興味を持つ人がいるのではないかと思われるもののみを紹介するものである。なお、現在イランではヒジュラ太陽暦の1379年が徐々に年末に向けてラストスパートを始めようかというところである。
1. 本 Miskuyah (Miskawayh). Tajarib al-Umam: 以前の知識では2巻までしか出ていなかったこの本が、未刊行の3巻を除いて完結していた。6巻で執筆されたこの作品の全体が同じく6巻で刊行されているものだ。同時にペルシア語訳も刊行されているが、こちらの方はまじめにチェックしなかった。Abu al-Qasem-e Emami ed. Tehran: Sorush. 1366-1379kh. ソルーシュは国営テレビ局の出版部。エンゲラーブ通りを本屋街から少しだけ東に歩いたところにある直営販売店で見ききした限りでは4-6巻はpaper backしかなかった。残念。 Adhar. Ateshkadeh-e Adhar (nimeh-e dovum). Mir Hashem-e Mohaddeth ed. Tehran: Amir-e Kabir. 1378kh.: 有名なタズケレ史料の後半部分の刊本。アミール・カビールからSadat-e Naseriの校訂で出ていた3巻本は前半部分だけのもの。 Hafez-e Abru. Joghrafiya-ye Hafez-e Abru: 3巻目まで刊行されていた。Sadeq-e Sajjadiの校訂でMirath-e Maktub刊。 Ghiyath al-Din `Ali Yazdi. Sa`adat Namah: Yaa Ruuznaamah-'i Ghazavat-e Hendustan dar Sal-ha-ye 800-801A.H. Iraj Afshar ed. Mirath-e Maktub. 1379kh.: ティムールの遠征記。1915にもザンクトで出ているもの。ロシア語訳も1958刊。 Jami. Nameh-ha va Monsha'at-e Jami. Urunbayef va Rahmanof eds. Mirath-e Maktub. 1378kh. Budaq Monshi-e Qazvini. Jawaher al-Akhbar: Bakhsh-e Tarikh-e Iran az Qaraqoyunlu ta sal-e 984. Mohsen Bahram-nezhad ed. Mirath-e Maktub. 1378kh. Bal`ami (attr.). Tarikhnameh-e Tabari. 5 vols.: Mohammad Rowshanはまずイスラーム部分を3巻で出し(Nashr-e No, 1366kh)、次いでイスラーム以前の部分を2巻(Sorush, 1374kh)で出していたが、今度はその両方をつないで5巻本にしたというもの。どうも完全なオフセットで、5巻が一貫してつながったからといって全冊対象の索引が付されたりしているわけではない。2巻目にイスラーム以前の部分関係の、5巻目にイスラーム以降関係の索引があるというわけだ。私はすでに以前の分を5冊持っていたので無駄な買い物となった。ソルーシュが出している。手持ちのタバリー史の表紙を揃えたいと思う人には好適。 Soltan Hashem Mirza (pesar-e Soleiman-e Thani). Zabur-e Al-e Davud: Sharh-e Ertebat-e Sadat-e Mar`ashi baa Salatin-e Safaviyeh. `Abd al-Hosayn-e Nava'i ed. Mirath-e Maktub. 1379kh. 副題にあるとおり、マルアシー家とサファヴィー家の歴史を書いた小品。 雑誌Daneshgah-e Enqelab. 112 (payiz-e 1378): 「イランにおける歴史と歴史記述」という特集号。特にイランへの留学を考えている人などは目を通すことができると、イランの大学での歴史教育のことやイランの歴史学のことがなんとなくわかり有用だろう。 Ketab-e Mah: Tarikh va Joghrafiya. 37/38 (1379): 「サファヴィー朝研究特集号」。この雑誌は毎月の新刊書を紹介する情報誌として出発し、いまもそのはずなのだが、新刊書リストは冊子の末尾に追いやられてしまっている。この号にいたってはページ数も150を超え、もはや立派な学術雑誌の観である。この特集号には過去20年の刊行史料の解説付き目録や、羽田正氏のシャルダンの伝記の紹介など多くの論文が載っている。 Ketab-e Mah: Tarikh va Joghrafiya. 32 (1379): 「書記手引書特集号」。こちらには渡部良子さんの長大な史料論論文が掲載されている。 Gholam-reda-e Fadayi `Eraqi. Moqaddame-ii bar Shenakht-e Asnad-e Arshivi. Samt. 1377kh: 大学での教科書を出すSamt (Sazman-e Motale`e va Tadvin-e Kotob-e `Olum-e Ensani-e Daneshgah-ha)から出ている本。前半は文書史料論、後半はいわゆるアーカイヴァル・スタディーズ、記録管理学系の議論。マシュハド大学で出ているよりアーカイヴァル・スタディーズがかった教科書も友人から見せてもらったが買い忘れた。 Sayyed `Ali-reda-e Sayyed Kebari (?). Howzeh-ha-ye `Elmiyeh-e Shi`e dar Gostareh-e Jahan. Amir-e Kabir. 1378kh: こういう本も出ている。世界の十二イマーム派ネットワーク研究に有用では? ちなみにRasul-e Ja`fariyan. Maqalat-e Tarikhi. Qum: Entesharat-e Dalilは8巻目まで出ている。 2. CD-ROM 以前に『イスラーム世界』52号で紹介したNamayehは、その活動を拡大させていた。すでに毎月の新聞記事や雑誌記事・論文をテクストやPDFのかたちで収録したCD-ROMを二十数枚発行しているという。そのうち十二枚(だったか?)はIAS6班で購入済みで、東洋文庫に行けば閲覧可能だ。試用してみていただきたい。このCD-ROMは、こういった散発的なかたちではなくどこかの機関で継続的に購入される必要があるだろうと思われる。 同じく『イスラーム世界』52号で紹介したNurも発展しており、今回はNur al-Anvar 2(Qor'an, tartil, tarjome-ye Qor'an, tafasir)とJame` al-Ahadith (Noor 2: Qor'an, Nahj al-Balagha, Sahife-ye Sajjadiye, Kotob-e Arba`e, Wasa'il al-Shi`e, Mustadrak al-Wasa'il, Kotob-e Hashtganeh-e Rejali, Bihar al-Anvar, Manabe`-e Bihar al-Anvar.)を入手してきた。Nur al-`Erfanもおどろおどろしい表紙で発売中だった。これらのCD-ROMは、これまでに出ていたCD-ROMのソフトウェアを改良・発展させたものである。 その他、ペルシア文学の著名作品多数のCD-ROMなど、多数が売りに出ている。ネイティヴ・スピーカーの発音とペルシア語韻文の美しさをともに学習者に示せる教材として、ペルシア語教育に利用可能なのではなかろうか。 以上、はなはだまとまりに欠けるが、どなたかの役に立てば幸いである。(森本一夫) | |
『環 歴史・環境・文明』第一号
黒田壽郎
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イスラーム史学史研究は蓄積が薄く、まして史料学・文献学的アプローチではなく歴史意識・歴史認識に関する研究はさらに乏しい。その意味で、この黒田氏の小論はイスラーム思想の専門家からのアプローチとして興味深い。
本論文は「一 タウヒードと三つの準則」、「二 伝承の集積から人間社会の構造的解明へ」、「三 民衆の優先性」からなる。第一章、第三章について評者は門外漢であるために論評する資格を持たないため、本短評ではイスラーム歴史叙述の具体的展開を論じた第二章を取り上げたい。第二章ではタバリー、マスウーディー、イブン・ハルドゥーンの三人の史家を取り上げ歴史認識、方法論の展開が論じられている。タバリーに代表される初期歴史叙述では、相矛盾する内容さえ含むハバル(伝聞情報)の集合体であったのが、マスウーディーにおいては方法論の先鋭化が見られ、歴史的情報の真偽を判断するために「タビーイー(本性)」の概念が用いられるようになる。そして「徹底的に観念性を排除し、現実凝視に終始したイスラーム世界の歴史家たちの著作の方法論的な集大成」がイブン・ハルドゥーンの『歴史序説』であったとする。 実証的な見地からコメントしたい点も幾つかあるのだが、それはさておき二点だけ指摘しておきたい。氏は、タバリー、マスウーディー、そしてイブン・ハルドゥーンへ至る流れを一つの内在的発展として提示しているが、タバリー(839-923)とマスウーディー(ca.896-956。本小論で965年没とあるのは誤り)はほぼ同時代人であって、両者が発展的関係にあるというのは時系列上無理があるのではなかろうか。また氏は、主観を廃してひたすらハバルの蒐集につとめたタバリーの歴史叙述を、ミシェル・フーコーの提示した集蔵体(アルシーヴ)の概念に擬しているが、このフーコー解釈は不適切だと評者には思われる。 フーコーは次のように述べている。 集蔵体とは、そのたちまちの逃走にも関わらず、言表の出来事を保護し、未来の記憶のために、その逃亡した戸籍を保護するものではない。それは、言表=出来事の同一の根元で、またそれが与えられる集成のうちで、その<言表可能性のシステム>を最初から規定するものである。集蔵体は、再び惰性化した諸言表のかけらを集めるものでも、それらの再活動の偶然的な奇跡を可能にするものでもない。それは、言表=事物の現実性の様態を規定するものである。それは<その作用のシステム>である。(Foucault,M.,Lユarch姉logie du Savoir,Gallimard,1968,pp.170-171;邦訳『知の考古学』pp.199-200) つまりフーコーの言う集蔵体は、氏が述べるように言表を没主観的に蒐集したものを指すのではない。むしろ集蔵体とは、言表そのものを成り立たせている作用のことなのである。イスラーム研究の文脈に現代思想を適用することについて、評者は決して批判的ではないが、その際には正確な理解が必要であることは言うまでもない。 なお、本小論の第二章は氏の論文「中世イスラームの歴史観と歴史叙述」(『中世の歴史観と歴史叙述』創文社、1984所収)の抄録であり、関心のある方はそちらを参照するのもよいかと思われる。 (小笠原弘幸 東京大学大学院博士課程) | |