東洋文化研究所の自己点検・評価

2016年度の自己点検・評価

1. 研究所の活動全体についての自己点検・評価(6年に一度)。
2. 研究所の准教授が教授に昇任する際の業績評価ならびに昇任理由
3. 研究所の教授が55歳となった年度の 業績の総括、本人の自己点検・評価、評価委員会による評価

 


2.研究所の准教授が教授に昇任する際に、その業績評価を行ない、昇任の理由を公表します。

青山和佳准教授の教授昇任評価 (2017.4.1付)

昇任理由

本文

青山和佳(あおやま わか)氏 教授昇任評価
  青山和佳氏は、フィリピンのダバオ市を主たる調査フィールドとして、開発経済学を入り口に人類学へと考察の裾野を拡張してきた新しいタイプの地域研究者である。氏の最大の特徴は、民族誌という方法で地域に固有の暮らしや人々の生き様を記録に残すことだけでなく、それを通じて代替的な世界観を示し、他の社会諸科学を逆照射するところにある。
  これまでの青山氏の研究業績を振り返ると次の3点の特長を見出すことができる。第一は、定点観測の射程の長さである。氏は、フィリピンのダバオに1993年5月から現在に至るまで同じ地域に継続的に通いつめ、研究を深化させてきた。人類学者でも、ここまで継続できている研究者は少ない。一人の人間、一つの生活共同体を長い時間をかけて丸ごと理解することによってのみ到達しうる普遍性は、地域研究が抱えがちな一般化問題への新たな接近方法として期待できる。
  第二は方法論的な学際性である。青山氏は研究対象の悉皆調査と量的手法を、顔のみえる個人への深い聞き取りに基づく質的研究で補う独特の方法をとる。
  第三は、地域理解と外部者としてのコミットメントである。青山氏の開発援助に関する一連の業績が物語るように、氏の研究は「地域理解」を超えて「関与」の次元に伸びている。現場で「気づいてしまったもの」を学問の頑健性の観点から捨象するのではなく、むしろ対象事例の重要な一部として積極的に取り込もうとする姿勢に、新しい地域研究の在り方の萌芽を感じる。近年、青山氏の関心が地域状況の解明そのものから、災害や援助に向かいつつあるのも、この志向性が強まっていることの現れであろう。
  青山和佳氏は、その代表作である『貧困の民族誌』(東京大学出版会、2006年)で人類学と経済学を架橋する地域研究者としての確固たる地位を築いた。当該書を含む一連の業績に対する高い評価は、第9回(2012年)日本学術振興会賞の受賞に端的に表れている。日本学術振興会は、審査委員会の選評として「少数民族のアイデンティティという要素を、明示的に福祉指標として用いるというアプローチを開発した点に独自の貴重な学問的貢献がある」と評価している。
  東洋文化研究所着任以降の業績として中国社会文化学会の学会誌に掲載された「交易と現地社会の再編ースールー王国における民族間階層の構築と現代を生きる海サマ人」は定点観測を歴史にまで伸ばそうとする意欲的な内容になっている。加えて、これまで日本語で書かれた業績を英語の雑誌論文としてまとめる作業も勢力的に行っており、すでに4本の論文が出版された。また、分野横断的な意思決定研究の古典といってよいナイラ・カビール著 『選択する力——バングラデシュ人女性によるロンドンとダッカの労働市場における意思決定』 の訳出は、共訳とはいえ400ページを超える厚い内容のもので、開発、ジェンダー、地域研究、経済学の境界領域を力強く提示することに貢献した。
  准教授以降の業績としては編著書1編、著書の分担執筆3編、共訳書1編、雑誌論文8編(内英語論文4編)、報告書・モノグラフ・書評等6編、学会報告等が8回を数える。なお、2014年9月の着任後、現在に至る業績としては、共訳書1点、論文5点(うち英語論文4点)、口頭発表4回であり、次のステージへ着実に歩みを進めている。また外部資金については2014年度から科学研究費(基盤C)の研究代表者を務めるなど、積極的な獲得の意欲が見られる。
  教育面でも、北海道大学時代には数々の優秀賞を受賞し、本学着任後も経済学研究科および総合文化研究科でゼミを、学際情報学府で講義を担当するなど大きく貢献している。以上を総合して、青山氏は南アジア部門の教授としてふさわしいと判断した。

 
青山和佳(あおやま わか)氏の代表業績一覧
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/faculty/prof/waka.html