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シンポジウム:アジアを知る 「短編映画『シリア三部作』から考えるシリアの今――アンマール・アル=ベイク監督を迎えて」 が開催されました

報告

 2019年5月10日(金)夕刻より、映画シンポジウム「アジアを知る:シリアの今―アンマール・アル=ベイク監督を迎えて」を開催した。

 後藤による挨拶と山本薫氏によるアンマール・アル=ベイク監督の紹介の後、三つの短編作品を上映した。その後、岡崎弘樹氏と監督の対談が行われた(森晋太郎氏がアラビア語通訳をしてくださった)。

 第一の作品『太陽のインキュベーター』は、監督自身の娘の誕生と乳児期の映像を、エジプトやシリアの民衆運動の映像と重ねながら映し出したものであった。岡崎氏は同作品について、人々の抗議の声を他者のものとしてではなく、自らやその次世代の問題として捉えていることを表現したのかと尋ねた。これに対して監督は、同作品で、シリア革命初期に惨殺された13歳の少年ハムザ・アル=ハティーブの遺体の映像を用いたことに言及し、その映像が遺族によって撮影され、Youtubeにあげられたものであったこと、『太陽のインキュベーター』は、あえてそうせざるを得なかった家族の苦しみや決意に共鳴した作品であったと述べた。生まれたばかりの愛娘と少年ハムザの姿を並べて映すことで、家族としての思いを重ね、受難死を遂げた人々やその周囲の人々の声を、精一杯思い届けようとしたのである。

 第二の作品『シリアの甘い生活」は、1960年に発表されたフェデリコ・フェリーニ監督の『甘い生活』をモチーフにした風刺映画である。映画の中では、断片的に、そして繰り返し、サーカスの映像が映し出されていた。その中には「ライオン(アラビア語で「アサド」、すなわち大統領父子の名前)」が調教師に襲いかかるという衝撃的な場面があった。監督は、子供たちをサーカスに連れていったものの、そこで得られたのは楽しい思い出ではなく、恐怖心と疲弊であったと述べ、シリアの人々が直面してきた政治的・日常的な苦境を揶揄した。

 第三の作品『万華鏡』は、フォトジャーナリストのアンマールと愛人のマリーの一夜を描いたものであった。監督によると、この作品を通して問いかけたかったのは、メディアがなぜ民衆の現実に目を向けないのか、という点であったという。アンマールが写した100枚の写真の中から、メディアが欲しがったのはヴェールで顔を覆った女性が爆薬を詰めている場面を映した1枚だけ。なぜイスラーム主義の話にしようとするのか。なぜ、大国の価値観での「人権」だけを語るのか。人は時に「人間」であるために戦うことを迫られる。世界のメディアは、そうした人々の存在や彼らを突き動かす衝動について伝えていない。アル=ベイク監督は、これまで取りこぼされてきた「人間」であるための戦いを、映画を通して表現する中で、自身もまたその戦いに身を投じてきたのだと語った。

 質疑応答では、60名以上の来場者とともに、映画の内容だけでなく、監督が東京滞在中に出会った人やモノ、そこから展開した思考の広がりにまで話が及び、大いに盛り上がった。最後に長沢栄治氏が、三本の映画の文脈を同時代の日本の経験へと引き寄せ、シリアの、そしてその他の場所の人々の苦悩や困難を、自らのものとして受け止め考えることが重要であると述べた。 アル=ベイク監督は、自分には映画という手段があり、それをもって人々の経験や苦難を広く伝える責任がある、と繰り返し語っていた。その言葉は、私自身を含め、本企画に関心をもち、この場に居合わせ多くの人々の胸に響いたようであった。

(報告:後藤絵美)

当日の様子

開催情報

日時:2019年5月10日(金)18:30-21:00

会場:東洋文化研究所 3階大会議室

言語:上映言語:アラビア語、フランス語、イタリア語
   字幕:日本語、英語、アラビア語
   トーク:アラビア語、日本語(逐次通訳付)

開催情報:
※要事前申込(会場の都合で先着50名のみ参加可能となっています)

入場証をお渡ししますので mecinema2014[at]gmail.com ([at]を@に変えてください)まで①お名前、②ご所属、③ご連絡先(e-mailアドレス)をお知らせください。
※ 参加は無料です。

主旨:
 シリア出身で現在はベルリンを拠点に活躍する映像作家で美術家のアンマール・アル=ベイク氏を迎え、2011年以降のシリアをテーマに制作された短編映画3作品を上映する。後半は来日中の監督と、シリアに長く暮らした経験を持つ岡崎弘樹氏(アラブ政治思想研究)の対談形式で、監督のアーティストとしての活動を紹介。昨今多くのシリア映画が日本に紹介されたが、民衆蜂起とそれに共鳴した人々の私的な空間とのつながりは長らく謎であった。私と公、現場と亡命先、希望と憤慨と諦念が交錯する3作品を通じて表現されたシリアの8年間、そして今について語り合う。


プログラム

司会:山本薫(慶應義塾大学)
18:30開会の言葉 後藤絵美(東京大学)
18:40短編映画『シリア三部作』上映開始
「太陽のインキュベーター(The Sun’s Incubator)」11分、2011年。
「シリアの甘い生活(La Dolce Siria)」26分、2014年。
「万華鏡(Kaleidoscope)」20分、2015年。
19:40休憩
19:50アンマール・アル=ベイク監督×岡崎弘樹(日本学術振興会特別研究員PD)
20:30質疑応答
21:00閉会の言葉 長沢栄治(東京外国語大学)

監督紹介:アンマール・アル=ベイク Ammar Al-Beik
 1972年ダマスカス生まれのアンマール・アル=ベイクは、ベルリンに拠点を置く映像作家・美術家。当初は写真家として活動し、1990年代後半より映像の制作にも取り組み、以来、ジャンルを超えた作品で広く知られるようになる。アル=ベイクの映画は様々な国際映画祭で上映され、美術の分野でも世界中の展覧会に出展している。ゲーテ・インスティトゥート東京の「亡命中―ゲーテ・インスティトゥート・ダマスカス@東京」のゲストとして4月1日より5月15日まで東京に滞在中。

上映作品紹介:
「太陽のインキュベーター(The Sun’s Incubator)」11分、2011年。
2011年、ベネチア国際映画祭でプレミア上映された本作は、作家本人の個人的な体験と政治的出来事を織り交ぜる。監督自身の娘の誕生と、シリア革命初期に体に障害を負って殺された13歳の少年ハムザ・アル=ハティーブの映像を題材に、監督が「生」と「死」、そして政治的コミットメントについて考察する。

「シリアの甘い生活(La Dolce Siria)」26分、2014年。
1960年に発表された、フェデリコ・フェリーニ監督の『甘い生活』への風刺的な応答。『甘い生活』の主人公マルチェロ・ルビーニが探し求めた「愛」と「幸せ」が、現在のシリアにおいて絶望的に失われてゆく様を、監督が映画史を引用しながら描く。このエッセイ的映画は2015年ベルリン映画祭の「Forum Expanded」部門で発表された。

「万華鏡(Kaleidoscope)」20分、2015年。
2015年、ドバイ国際映画祭でプレミア上映された3作品目は、絶望から抜け出そうとする男女を描いている。フォトジャーナリストのアンマールと愛人のマリーが一夜を共にする。映画を撮りたいマリー、一方のアンマールは執りつかれたように故郷のシリアからのニュースを追い続ける。共に過ごす一夜、トラウマを抱えた二人にとって、欲望とセックスは安心できる隠れ家となる。


主催:科研費新学術領域研究「グローバル秩序の溶解と新しい危機を超えて」計画研究B01班「規範とアイデンティティ:社会的紐帯とナショナリズムの間」(代表:千葉大学 酒井啓子)
   東京大学 日本・アジアに関する教育研究ネットワーク

共催:東京大学 東洋文化研究所、中東映画研究会
   科研費基盤研究(A)イスラーム・ジェンダー学の構築のための基礎的総合的研究(代表:東京外国語大学 長沢栄治)

協力:ゲーテ・インスティトゥート東京



登録種別:研究活動記録
登録日時:WedMay1510:06:462019
登録者 :asnet事務局・田川
掲載期間:20190515 - 20190815
当日期間:20190510 - 20190510