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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日韓会談に関する衆議院本会議における大平正芳外相の報告

[場所] 
[年月日] 1964年3月19日
[出典] 日本外交主要文書・年表(2),494ー498頁.衆議院・参議院および各委員会議録「官報(号外)」.
[備考] 
[全文]

 大平外務大臣の日韓会談に関する報告についての発言

○議長(船田中君) 大平外務大臣から,日韓会談に関する報告について発言を求められております。これを許します。外務大臣大平正芳君。

  〔国務大臣大平正芳君登壇〕

○国務大臣(大平正芳君) 私は,この機会に,日韓会談の経緯並びに現状の概要を御報告申し上げ,あわせて,本交渉をめぐる主たる論点につき,政府の見解を明らかにいたしたいと思います。

 日韓間の諸懸案を解決し,国交を正常化することを目的とする両国間の会談は,昭和二十六年十月の予備会談に始まり,その後十二カ年余の長きにわたり幾多の曲折を経て断続的に続けられ,今日の第六次会談に及んでおります。この交渉が,このように長年月を要しつつも,いまなお妥結に至っていないことは,この交渉が,それ自体いかに至難な外交案件であるかを物語るものであると思います。しかしながら,その間相互の理解と信頼は漸次深まり,昭和三十六年十月二十日開始された第六次会談におきましては,各案件につき相当の進展を示し,ことに,請求権問題は,昭和三十七年末までに大筋の合意を見るに至ったのであります。

 昭和三十八年一月以降,討議の中心は漁業問題に移り,両国の専門家を中心として鋭意討論が続けられてまいりましたが,なお基本的な点につき解決を要する問題がありますので,韓国側の申し入れに応じて,去る三月十日両国農林大臣による会談が開始されるに至りました。一方,過去二年間予備交渉の形で進められてまいりました全面会談を,去る三月十二日本会談に切りかえて,諸懸案の討議の促進をはかっておる次第であります。

 以下,おもなる懸案につき,その討議の進展状況及びわが方の基本的な態度について説明いたします。

 まず,請求権問題について申し上げます。

サンフランシスコ平和条約第四条に基づく韓国の対日請求権につき,韓国側は,過去におきましては,いわゆる対日請求八項目を提示して,日本側がこの請求を認めることを要求し,これに対し日本側は,請求権として支払いを認め得るものは,確たる法的根拠があり,かつ,事実関係も十分に立証されたものに限るとの立場を堅持しつつ,交渉を行なってまいつたのであります。しかるところ,その後の討議におきまして,法的根拠の有無につきましては日韓間に大きな見解の隔たりがあるばかりか,事実関係を正確に立証することも,時日の経過とともに,不可能またはきわめて困難なことが判明するに至りました。しかしながら,この問題を未解決のままいつまでも放置することは許されませんので,日本政府といたしましては,この困難を克服するためには,何らかの新たなくふうをこらすよりほかに道のないことを認めるに至ったのであります。

 この新しいくふうとして考えられた構想の骨子は,将来にわたる両国間の親交関係確立の展望に立ちまして,この際,韓国の民生の安定,経済の発展に貢献するため,同国に対し,無償有償の経済協力を行なうこととし,このような経済協力供与の随伴的な効果として,平和条約第四条の請求権問題が同時に解決し,もしくはもはや存在しなくなったことを日韓の間で確認するというものであります。このような基本的考え方を軸として真剣な折衝が続けられました結果,同年末,両国政府はこの考え方に原則的に同意するに至り,無償経済協力は三億ドルを十年間にわたり日本国の生産物及び日本人の役務により供与し,また,長期低利借款は二億ドルを十年間にわたり海外経済協力基金より供与することとなったのであります。

 次に,漁業問題に関しましては,過去の会談におきましては,日韓の間の漁業技術上の格差が著しいため,あくまで李ラインの存続を固執する韓国側の主張と,李ラインは国際法上不法不当でこれを認め得ないとする日本側の主張がまっこうから対立し,話し合いの糸口すら見出し得ない状況でありました。しかしながら,第五次会談以降,双方の理解も次第に進み,討議はようやく軌道に乗り,昨年夏ごろまでに,漁業問題の解決は,国際慣行を尊重したものであること,魚族資源の最大の持続的生産性を確保する見地に立つこと,公平にして実施可能な規制方式をとること,これまでの操業実態を尊重すること等について,原則的な意見の一致を見た次第であります。そして,かかる諸原則を,当該海域の地理的条件,漁業の実態につき,いかに具体化するかに関し,両国間の合意を見ることが,当面の問題として討議されておる状況であります。

 日本側といたしましては,これらの原則に基づく具体的な提案として,李ラインの撤廃を前提に漁業交渉の妥結をはかること,漁業専管水域の設置は認めるが,その幅員については国際先例に従い十二海里とすること,漁業専管水域の幅員をはかる基線につきましても国際通念に基づいた合理的なものでなければならないこと,漁業専管水域の外側の公海は原則として自由に操業をなすべきであるが,資源保全のため,公平かつ実施可能な規制を行なうことの諸点を主張しております。

 また,韓国側は,韓国漁業の立ちおくれを指摘し,特に沿岸漁民の技術水準向上のために日本側が協力することを希望しております。日本側としては,漁業問題が合理的内容をもって妥結することを前提として,通常の民間の信用供与を通じてこの韓国側の要望にこたえるよう検討いたしております。

 また,韓国側は,わが国にある韓国文化財の返還を主張しております。すなわち,国民感情として文化財は大きな意義を持っておること,文化財はその出土の地において保存し研究するのが今日の世界の趨勢であること,朝鮮動乱によって韓国にあった文化財の多くが大きな被害を受けた事情等を強調いたしております。これに対し,日本側としては,これらの文化財を韓国側に引き渡すべき義務があるとは考えていないが,日韓間の友好関係の増進を考慮し,文化協力の一環として,ある程度韓国側の要望にこたえたいと考えております。

 在日韓国人の法的地位の問題について申し上げます。

 終戦の日以前に来日し,引き続き在留している者と日本で生まれたその子孫である在日韓国人は,平和条約発効のときまでは名実ともに日本人として居住していたものでありますが,平和条約発効に伴い,自己の意思によらないで日本国籍を喪失し,その結果,それまで日本人として受けていた待遇を失ったのであります。政府としては,このような特殊な事情を考えると同時に,将来国内に政治的,社会的禍根を生じないよう配慮しつつ,日韓双方の納得できる合理的な解決をはかりたいと考えております。これまでの会談において,永住権を付与する者の範囲,永住権を付与された者に対する退去強制及び処遇の問題,永住目的で韓国に帰還する者の持ち帰り財産の問題等について討議が行なわれ,その結果,問題点は相当煮詰められてきております。

 竹島問題に関しましては,日韓会談が妥結し,国交正常化が行なわれる際,このような領土紛争が解決の見通しなく日韓の間にわだかまっていることは,両国の友好親善関係の将来にとり悪影響を及ぼすと考えられます。よって,政府は,国交正常化の際には,少なくともこの問題解決のための明確な目途を立てておく必要があるという考え方に立ちまして,交渉を続けております。

 なお,これまでもしばしば明らかにしておるとおり,現在韓国政府の支配が朝鮮半島の北の部分には及んでおらず,その地域に現実に支配を及ぼしておる政権が存在する事実は,日本政府としてもこれを考慮に入れて交渉に臨んでおる次第であります。

 以上が,日韓交渉の経緯と現状の概要であります。

 私は,両国の国交を正常化することは,いまや日韓双方の国民的要望となっているものと信ずるものでありますが,なお,世上本交渉に対する反対論議が存することも事実でありますので,この機会に,そのおもなる論点につき,政府の見解を明らかにいたしたいと思います。

 日韓会談の目的は,両国の関係を正常化することであり,あわせて,各種の懸案を解決し,過去の行きがかりにとらわれない新しい友好関係を築こうとするものであります。しかるに,日韓両国の国交正常化は極東の緊張と不安を激化するやの議論を耳にすることがありますが,両国の関係を正常でないままに放置することこそ両国民の不幸であり,逆に両国が相協力して,安定と繁栄の道を進むことが,アジア全体の平和と安定に寄与するゆえんであることは自明の理であります。(拍手)現在北朝鮮を承認しておる国は,共産圏諸国を主とする十九カ国にすぎないのに対し,韓国政府は国際連合においても合法政府として認められ,世界の主要国をはじめとして七十三カ国によって承認されておることは御承知のとおりであります。この韓国と地理的,歴史的,文化的に最も密接な関係を有するわが国が友好関係を持つことは,全く当然のことであると申さなければなりません。

 次に,韓国との国交正常化は朝鮮の分裂を恒久化し,その統一を阻害するものであるとの議論があります。朝鮮の統一が容易に実現しないのは,抜きがたい国際的勢力の対立を背景として,韓国も北鮮も早期統一を主張する点では一致しながら,その統一方式に関し全く相いれない立場をとっておることがその原因であることは,周知の事実であります。すなわち,韓国は,国連監視下の全朝鮮自由選挙に基づき,全朝鮮単一政府をつくるという,いわゆる国連方式を終始一貫支持しておるのに反し,北鮮側は,朝鮮統一問題に国連が介入することに反対の立場を維持しておるのであります。北鮮側が国連の権威と権限を認め,国連方式による統一に賛成しさえすれば,朝鮮の統一は実現し得るものであります。したがって,日韓国交正常化が朝鮮の分裂を恒久化するというがごときは,まさに牽強付会もはなはだしいものであると申さねばなりません。(拍手)

 次に,日韓会談と米国との関係について一言いたします。

 日韓両国が国交を正常化すること自体が,アジアの安定と繁栄に寄与するものである以上,これに重大な関心を持つ米国が,両国の国交正常化を希望することはきわめて自然なことであります。しかしながら,両国の間の交渉は,それ自体あくまで両国はそれぞれ独自の立場から行なっておるものであり,米国が圧力を加えたり,干渉したりしたというような事実は全くございません。

 さらに,一部には,日韓国交正常化が日米韓三国の反共軍事同盟,あるいはNEATOなるものの結成を目標としておるとの議論があります。御承知のとおり,わが国は日米安保条約により,米国との協力のもとにわが国の安全を確保するとともに,極東の平和に寄与することを外交政策の基本といたしております。政府は,日米安保条約のワクを越えて,極東において軍事的な役割りを引き受けることを意図したことはなく,また,そのようなことはわが国の憲法のたてまえからも不可能であることは明らかであります。

 次に,韓国の経済情勢が不安定であるとの理由により,国交正常化を見合わせるべきであるとの論に対して一言いたしたいと考えます。

 韓国の経済が非常な困難を経験しておることは,これを率直に認めねばならぬと思います。しかし,この点に関しては,韓国が年々増加する人口を擁するにかかわらず,天然資源に恵まれず,あまつさえ朝鮮動乱によってほとんどすべての生産施設を失ったという事実,さらには朝鮮動乱勃発の経緯にかんがみて,自国防衛のための軍事力維持のために,軍事費に膨大な財政支出を充当せざるを得ない実情を考えるべきであります。むしろこのような条件のもとに置かれた韓国経済が,これまで幾多の困難を切り抜けてきた事実にこそ思いをいたすべきであります。韓国政府も目下,自国経済の再建と発展にその政策の最重点を置いておるものと承知しております。これにこたえて,米国はもちろん,ドイツ,イタリア,フランス等の西欧諸国が韓国に対する経済協力に積極的な熱意を示しておることを指摘いたしたいと思います。このときにあたって,隣国である日本が,これに対しできる限りの協力の手を差し伸べることこそ,日本国民の国際的,道義的責務であると申しても過言でないと信じます。(拍手)私は,このような観点から,わが国が韓国に供与する有償無償の経済協力につきましても,国民各位の十分の御理解が得られるものと確信いたしております。

 最後に,韓国政権を非民主的な不安定な政権と断じ,これを相手とすべからずとの主張が一部にあります。韓国におきましては昨年十月十五日に大統領選挙を行ない,民主共和党から立候補した朴正煕氏が当選し,続いて十一月二十六日の国会議員選挙においては,民主共和党が全議席百七十五のうち百十議席を獲得し,単独で院内の安定勢力を確保し,軍事政権がその成立の当初公約した民政の移管が実現したのであります。そしてこの大統領選挙と国会議員の選挙が,いずれも自由かつ公正に行なわれたことは,国連朝鮮統一復興委員会の報告によっても確認されたところであります。私は,このように民主的に選出された韓国政府を相手として,日韓両国の国交正常化のための話し合いを行なうことは,国際的に見ても当然の常識であると信ずるものであります。民主主義体制をとる韓国内部において,現在の日韓交渉に対し批判ないし反対の声があることは承知しておりますが,韓国国民の大多数は両国の国交正常化それ自体には反対しておらず,むしろこれを強く希望しておることは,最近行なわれた世論調査の結果を見ても明らかであります。また,日本国民の大多数が両国の国交正常化を支持しておることは,過ぐる衆議院議員総選挙の結果が如実に物語っておるものと思います。のみならず,わが国の主要新聞の論調は,日韓国交正常化自体は両国が当然なすべきことであるとの点において一致し,さらに世論調査の結果も賛成論が圧倒的に多く,反対論は微微たるものであることを示しております。

 私は,このような日韓国交正常化に対する国民的支持を背景として,国民各位の納得のいく内容をもって懸案が解決されるよう,鋭意努力を傾ける所存であります。ここに,国民各位の一そうの御支持と御協力をお願いいたしまして,報告を終わります。(拍手)