概要:
地域社会の中での宗派間の諸関係の中から「正統」なるものが析出されてくる局面を切る、これが今回の発表の理論的な構想であった。具体的作業としては、表題の舞台設定のもと、発表者が数年にわたって緻密な分析を続けている『反駁の書』という宗派論争の書の言説が分析された。
まず、主に『反駁の書』の記述によりながら、12世紀レイに存在した種々の宗派集団の紹介が行われ、ハナフィー、シャーフィイー両法学派と十二イマーム派という三つの根本的な集団形成の契機が存在したこと、それら三集団の内部も、主に神学派名を冠するいくつかの集団に分かれていたことが説明された。
次にこのような状況の中で行われ、『反駁の書』に当事者の言が残されている宗派論争における、両当時者のレトリックが分析された。そこでは、論争の口火を切ったスンナ派側によって用いられたスンナ派対シーア派という構図を、時の政治権力によって「正統」とされていた神学派と弾圧を受けていた神学派の対立という構図にすりかえ、自らを前者、相手方を後者に連なるものと規定するという、シーア派の著者による術策が明らかにされた。
発表者は、こうして「正統」の恣意性、「宗教セクト」の名目性、擬制性を指摘して発表をしめくくった。
質疑応答においては、・発表者の紹介したレイの宗派情勢に対する質問が目立った。 また、・同様な論争枠組みのねじ曲げが他の宗派論争の文献でも見られるむしろ普遍的な現象であることが指摘されるなど、建設的なコメントも寄せられた。ただ、「正統」の問題が正面から論じられなかったのはやや残念であったかもしれない。
今回の研究会は、運営側の手違いにより、名古屋大学学園祭のしかもライヴの真横で行われた。騒音に耐えながら発表を行われた下山氏、参加諸氏に心からお詫びしたい。
(文責:森本 一夫)